旅館篇 第2話

 

3組のご夫婦が散歩から戻ってきた。昼食は皆さんの健康状態に合わせてそれぞれ調理してある。量も少なからず、多からずで丁度いい。これなら食べ残すということもない。戦後の食糧難の時期を生き抜いてきた人たち。勿体無いがすぐ口に出る。

塩分控え目だが、季節の香りを添えて、ちょっと嬉しい地元ならではのびっくり食材。

 

昼食の後、足湯。その後マッサージ券を使っていただき、全身マッサージ。午後3時過ぎ、地元の町に下りてみやげ物屋を歩く。子供達へのお土産を今から探しておこう、と思っているのかもしれない。

茶店風の店で一休み。お茶とお菓子を頂く。加藤様ご夫妻は久し振りにお二人の旅行を楽しんでいる。ケアアテンダントの藤沢さんは荷物を持ちながら、町の歴史、風物などの説明をしている。またシャッターチャンスを見つけて加藤様ご夫妻のスナップ写真をデジカメで撮っている。

 

夕方、旅館に戻る。ケアアテンダントは加藤様ご夫妻に「今日はこれで失礼します。明日は9時に参ります。お薬を飲むのを忘れないでくださいね。」と挨拶して、その後旅館のスタッフに今日の報告と明日の予定の打ち合わせを済ませた後、帰宅していった。急な連絡のために連絡用携帯電話は所持して貰っている。

 

加藤様ご夫妻には温泉に入っていただく。事前に温泉の効能について従業員がご説明する。風呂から上がってこられた。「檜風呂ってやはりいいね。檜の香りと柔らかいお湯。堪能しました」と加藤さんのご主人。「私のような足の悪いものも家内の助けを借りてお風呂に入れましたあの手すりは役立ちました

 

さあ夕食。お部屋に料理が運ばれる。一日のハイライト。従業員が料理を持って部屋に入ってくる。

その中にご注文の懐かしい料理がある。「やあ、本当に作ってくれたんだね。これを食べると母を思い出すんだ。ありがとう」加藤様のご主人は嬉しそうに箸を伸ばした。奥様からもなつかしい料理、食べてみたい料理のご注文を頂いている。奥様は、「わざわざ作ってくださり、嬉しいわー。ご馳走が沢山でどこから箸をつけたらいいか迷っちゃう」と料理を見ながらちょっとはしゃいでいる。その姿を見ている加藤さんのご主人の目がやさしい。

 

今日は楽しかった。こんな旅行をプレゼントしてくれた子供達に感謝だねと加藤様のご主人は奥様に顔を向けて、ご満悦だ。

食後は地元の歴史、文化をまとめたビデオを鑑賞して頂いた。

「そうそう、息子達が気にしているだろうから電話をしよう。母さん、携帯でかけてくれないか」

ご主人の後は奥様が息子さんのお嫁さんと話しているようだ。

 

お布団を敷き、就寝の準備をした。布団の下には体調管理システムをセットしている。

薄くて柔らかいので何もない感じだ。

就寝中、何か身体に異常があった時は帳場で警報音が鳴る。部屋の係りがすぐに部屋に駆けつけることになっている。

 

お客様がぐっすりと睡眠をとられ、明朝元気に目覚められ、楽しい一日が送れますように!

 

 

旅館篇 第1話

(一日目)

女将はケアアテンダントとの1時間の入念な打ち合わせを終え、玄関に飾った生け花を整えていた。そこへミニサロンカーが到着。親孝行旅行のお客様だ。早速従業員を促してお迎えする。3日前旅行計画を準備したサンクスペアレンツのコンシェルジェ山川さんから書類が届き、既に打ち合わせを終えている。

今回来られたお客様は3組。皆さんご夫婦でそれぞれ75歳から80歳の間。そのうちの

一組のご主人は足が悪く、車椅子を利用している。

 

お部屋にご案内する前に応接ルームでご挨拶。お茶だしをした後、従業員の紹介をする。またサンクスペアレンツのサービス内容についてご説明する。特に体調管理システムに関心を持ってくださった。またAEDも備えてありますよと説明すると、「それなら安心ね」と白髪の東条様の奥様が嬉しそうに言われた。そして「おいしいお茶ですこと」。

 

女将から今回の皆様のお付き添いをご紹介した。旅館の中は従業員が担当し、外はケアアテンダントが担当しますと簡単にご説明した。

 

東條様ご夫妻には坂本さん、加藤様ご夫妻には藤沢さん、中村様ご夫妻には山本さんが外のお付き添い。

ケアアテンダントの3人とも地元の方たちで看護士、介護士の経験のある人達だ。しかもサンクスペアレンツの研修を受けて試験に合格している。心強い。

 

従業員にそれぞれお客様をお部屋にご案内させた後、女将は3部屋にそれぞれ顔を出し

改めてご挨拶。私どもの旅館には俳句で有名な松尾先生も時々来られるんですよ、と女将は四方山話。

 

着替えていただいてから昼食までの時間、ケアアテンダントが近くの名所までご案内する。

予め選んでおいた3箇所にそれぞれ別々に向かう。ゆっくり散歩という風情で。アテンダントの藤沢さんは加藤さんのご主人の車椅子を押している。「私はこの土地の生まれなんです。・・・」と自己紹介している藤沢さんの声が聞こえてくる。道行く地元の人たちが声をかけてくれる。「いらっしゃいませ。楽しんでいってください」

田園風景が眼下に広がっている。そこで3組は分かれる。

加藤様ご夫妻は富士山が見たいということで、海の向こうに富士山が浮かんでいるように見える見晴台に向かった。見晴台で加藤さんのご主人は「僕はね〜、佐賀県の生まれなんだ。東京で仕事をするために母を残して東京に来たのさ。その時初めて富士山を見た。きれいな山だなあと思った。感動だったね。一生懸命働いて生活も一段落し、母を東京に呼ぼうと思っていた矢先、母は心臓発作で突然亡くなってしまったんだよ。悲しかった。それからは富士山を自分のお母さんと思うようになった。今日きれいな凛とした富士山を見て本当に嬉しかった」