屋上菜園物語 Ⅱ 第22話 「スーパーフードードカフェ&ショップ」

 

 ここ神田のあるカフェ。午前11時になるとモリンガの木がカフェの入り口のところに運ばれてくる。モリンガは移動式の木枠でできた菜園セットの中で高さ1メートルぐらいまで成長している。午前11時までビルの屋上菜園で太陽の光を浴びている。出番は午前11時からだ。モリンガの葉は人間に必要な栄養素を90種類以上含むが、もう一つの擢んでた大きな特徴は二酸化炭素(CO2)を一般の木の約30倍吸収し、酸素に変える空気浄化能力を持っていることだ。正に奇跡の木だ。

以下は「スーパーフードードカフェ&ショップ」の素晴らしい可能性に賭けた人達の事業のスタートを記した物語である。

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 杉浦は夕方の京浜東北線に乗って神田から浦和に向かっていた。座席に座り、少し身体を斜めにして進行方向の流れていく風景を眺めるともなしに眺めていた。マンション、アパートの建物が多い。そして高層マンションも増えている。ベランダに洗濯物が干してあるのが見える。それぞれの家族の生活が営まれているのだ。それを見ていると杉浦はなぜか不思議な気持ちになる。なんとも言いようのない気持ちなのだ。感情的にはどこか寂しい。この寂しさはどこから来るのだろうか。この寂しさはどこか時代の深い孤立感を滲ませているようだ。しかし皆この東京ビル砂漠で、営々と生活を築いている。一人暮らしの人もいるだろう。この気持ちを的確に表現する言葉を杉浦は電車の中で探し続けていた。杉浦はなんとも言えない寂しさと向き合うために仕事を続けているのかもしれない。そんなふうにも思った。おそらくそうだろう。しかしそれだけでもない。他にも何かあるはずだ。

 浦和では山川に会う。久しぶりだ。山川は山梨県南部で農家をしている。スパーフードを専門に畑で栽培している、ちょっと珍しい農家だ。杉浦が山川に会ったのは5年前だった。それ以来屋上緑化用の土壌資材の製造を山川に委託してきた。その中には屋上菜園用木枠セットも入っている。山川は山の間伐材、竹の利用・商品化にも取り組んでいる。それをキチンとしなければ山は荒れていく、それを何とか食い止めたいというのが山川の口癖だ。

山川は若い時、海外青年協力隊の一員としてフィリッピンで灌漑工事を担当していた。その時モリンガを知ったと話してくれたことがある。モリンガは一般の家庭が生垣的に栽培し、食用にしている、フイリッピン人にとってはごく身近な植物とのことだった。

山川の農園ではモリンガの他にスーパーフード的野菜、植物を栽培している。

モリンガの他にエゴマ、もち麦、ビーツ、雲南百薬、ケール、秋ウコン(ターメリック)、マルベリー、ヘンプシード。山川は収穫して市場に卸すという通常のやり方ではなく、自分の農園を観光農園、収穫農園としても運営している。必要があれば近くの旅館か民宿に泊まってもらう。栄養士、料理研究家と組んで、農園で勉強会、料理会も始めた。こちらの方は主に山川の奥さんが担当しているようだ。ただ現在のところ、農園からの収入では不十分なので、地元の土木工事関係の会社の下で農作業の合間に土木作業をしているとのことだ。出稼ぎには行かない。

 杉浦が山川と最初に会ったのは山梨県のある木材関係の会社でだった。杉浦は都市農業、都会の田園都市化というビジョンを持って、まずは東京、大阪のビルの屋上緑化・菜園化に取り組んできた。山川とウマがあったのは仕事の背景にある世界観・価値観・ミッションに通い合うものがあったからだ。杉浦と山川は30歳の年齢差がある。

杉浦は以前、山川に話したことがある。「齢の差なんて関係ないよ。仕事だからビジネスとして取り組むが、目的は金もうけだけではない。これからの社会を、日本を創るための仕事をしていこう」と。「われわれは理想主義者に見えるかもしれない。だけどそれでいい。そんなアホな人間がいてもいいじゃないか。金儲けだけでは疲れてしまう。まずミッションだ。ミッションアホ」

山川と杉浦は笑い合った。

今回の打ち合わせではスーパーフード実験店を神田に出すための具体的詰めを行うことにしている。小さく始めるというのが基本方針だが、線香花火になってはいけない。幸い杉浦のコネで神田駅から近いビルの1階を安く借りることができる。約5坪ほどのスペースにスタンド式の「スーパーフードードカフェ&ショップ」を開店する計画だ。カフェで出すものは主にスーパーフードドリンク、ショップではスーパーフードの加工食品、ポーラス構造の竹炭、大中小の屋上菜園用木枠セット。このあたりまでは今迄の4人の打ち合わせでだいたい決めている。

 浦和駅改札口を出たところで待っていると、今着いた電車から降りてきた山川が向こうから手を挙げて近づいてきた。改札を出たところで挨拶代わりの握手。

杉浦が言う。「元気そうだね」

山川「元気しか取り柄がありませんよ~。杉浦さんも元気そうですね」

杉浦「元気だけど、最近やっぱり年齢を感じるよ。疲れやすくなったも。もっとも一晩寝れば疲れは解消するので、まだまだ大丈夫とは思っている」

山川「杉浦さんは若いですよ。見た目も体力も」

その日、杉浦と山川はカフェのルノアールで、それからはイタリアンレストランで徹底的に話合った。打ち合わせが終わったのは午後9時だった。午後5時から4時間が経っていた。

話の内容は自分達の店のコンセプトを理解し、協力してくれる顧客は誰か、その顧客にジャストミートする価値提案ができるか、そしてどこまでの損失なら許容できるか、開店時間の設定、それと協力者の確保、の5点だった。

2人は杉浦が用意したビジネスモデルキャンバスに書き込んでいった。

明日は朝から実際に「カフェ&ショップ」を運営する浮城彩花と店長になる飯田綾乃と打ち合わせがある。

杉浦「今日はトコトン話し合えて良かった。それでは明日の打ち合わせもあることだし、そろそろ終わりにしませんか」

山川は武蔵浦和に実家がある。両親は健在だ。今晩は久しぶりに実家に泊まる。

杉浦は武蔵野線で山川とは武蔵浦和で別れ、新座駅で降り、自宅に戻った。

 翌日午前9時から4人の打ち合わせを始めた。神田の「カフェ&ショップ」を予定しているビル5階の会議室、大きな黒板に白い大きな紙が貼ってある。

浮城は管理栄養士として活躍している。ご主人は経営コンサルタント。二人とも50代。飯田は最近までカフェで仕事をしていたが、新型コロナウイルスのためそのカフェは閉店となった。6歳の子供がいるが、保育園に預けることができるようになったので、仕事復帰を目指している。

まずはフリーディスカッションからスタート。司会は杉浦だ。まず浮城から思い、考えを話してもらう。

浮城「私は栄養学的見地から日本人はもっと賢い食事へと考え方を切り替える時期に来ていると思います。戦後食の洋風化が進みましたが、やはり身土不二、地産地消という格言があるように国産の食材による食事、メニューをもっと大事にしなければいけないと思っています。昔の食事に帰れと言ってるわけではありませんが、最近食材の新しい機能性が注目されるようになってきました。自分の健康状態を意識しながら、薬とかサプリメントではなく、食材で身体が必要としている栄養素を摂取するということがますます重要になってきていますが、まだ皆さんの意識がそこまで十分高まっているかと言えば、必ずしもそうでないような気がします。それが残念ですね」

そう言って浮城はポストイットに「賢い食事を」と書いて黒板に貼られた白い大きな紙の余白に貼った。

杉浦に促されて飯田が発言する。

飯田「最近私の家の近くのスーパーの八百屋さんに行くと、有機野菜のコーナ ーがあるんですけど、普通の野菜に比べてやはり高いんですよね。良いとはわかっているんですけど、価格を考えて普通の野菜、それも値引き品を買ってしまいます。主婦はいつも家計のことを考えていますから。お肉とかお魚に比べ、野菜は少し軽く見られているかもしれません。有機野菜の本当の価値が分かるような説明があるといいんですけど」

浮城「最近はお店によっては有機野菜の成分表示を示したり、健康面の効果を カードにして説明するところも出てきたけど、売上向上に実際役だっているのかしら。スーパーフードカフェでも同じ問題が出てくる可能性がありそうね。」

飯田はポストイットに「有機野菜の栄養表示」と書いて大きな紙の余白に貼った。

浮城「スーパーフードの他に一部薬草も加えて、更に差別化を図りたいと思い ます。薬草というと苦いとか変わった味香りがすると皆さん思っているようですが、必ずしもそうではないわ。ちょっと大人の味香りと言ったらいいかしら、そういう薬草もあります。」

浮城は「薬草で味に深み」とポストイットに書いて大きな紙の余白に貼りながら、言葉を続けた。

「杉浦さんと山川さんには申し訳ないけど、私たちの考えをもう少し出させてね。私、思うの。スーパーフードカフェ&ショップの前に来たらお客さんがなにかワクワクするようなものがほしい、と。それとスーパーフードドリンクを欲しがるお客さんはどういう人達かしら。仕事で忙しいキャリアウーマンは朝食を簡単に済ませて職場に行く人が多いから短時間で栄養分を摂取できるスーパーフードドリンクはニーズがあると思う。30代後半から40代後半あたりかな。」

飯田「スーパーフードの場合、どこか言葉の意味があまり解らないまま独り歩 きしているような印象があります。皆さんに共通する栄養素と個々人の健康状態に合わせた栄養素の補給と2通りあるんじゃないでしょうか。後の場合はそういうアプリを開発してそれを見てもらう、というやり方がありそうですね」

浮城「確かに個別対応は必要だと思うわ。アプリの開発と併せて、私が考えているのは目的別ドリンクのメニュー化とカウンセリング。カウンセリングはメールでやってもいいけど、できれば最初はお店でやりたいな。栄養管理士としての私の出番になりそうね。きめ細かい対応がスーパーフードードカフェ&ショップの大きな特徴になるかな。」

飯田「そしてスーパーフードの食材は是非みんな国産にしてほしい。それもできれば有機的栽培。それから話を変わりますが、お店の開店時間はどうしますか。」

浮城「飯田さんのようにできるだけ子育て中の若いお母さんにお店をお任せで きればと思うの。ということで開店時間は午前11時から午後3時まで。準備もあるから飯田さんには午前10時にお店に入って頂いて、片づけもあるから午後4時には終わり、というのはどうかしら。」

女性たちの話が一区切りついたと判断して杉浦が言った。

杉浦「浮城さんが言ったように、ワクワクするようなカフェ、そしてお客さんがリピーターになって来てくれるようなカフェにしたいね」

山川も続いた。「ミッションというか、われわれの魂を込めたカフェ&ショップ。そのためにも今の日本で提供できる最高のスーパーフード食材を使ったドリンクを出そう。ウチの農場も頑張る。お客さんがワクワクするようなお店にするならまず当事者のわれわれがワクワクしないとね」

杉浦も浮城も飯田も黙って頷いた。

杉浦が皆に言った。「われわれもお客さんもワクワクするようになるためのアイデアをドンドン出し合おう。ここが勝負だ。実は黒板に貼ってある模造紙はビジネスモデルをデザインするためのシートなんだ。日本型ビジネスモデルをデザインするために私が独自に作ったもので、この1枚の紙に全て書き込んでいってほしい。」

それから1時間、4人は熱心にアイデアを出し合い、それをポストイットに書き、ビジネスモデルデザインシートのそれぞれのカテゴリースペースに貼っていった。デザインシートがポストイットで埋め尽くされた。

それを皆で眺めた。

その後でビジネスモデルデザインシートを補強する目的で、以下の4点について話合った。

  • お客さんとの関係の中で課題になることは何か最高のスーパーフードを提供し、お客さんとの信頼関係を築くこと、そしてパートナーになって頂く。
  • お客さんに対する重要な実行施策名前を覚え、前回注文内容を記録し、効果についての感想を伺う。栄養士がデータを作成し、ドリンクのメニューをつくる。そしてお客さんがお店のパソコンで自分に合ったドリンクを選べるようにする。
  • 成功するために必要な数字の指標まずやってみて2ヶ月経った時点で設定する。最初は数字は意識しない。
  • 圧倒的な優位性

国産最高のスーパーフード食材とお客さんとの確かな信頼関係。スーパーフードの食材を栽培している山川の山梨県の農場への見学ツアーも定期的に実施する。当面は半年に1回。

最後に締めくくりとして、以下の3点について話合った。

  • 今の自分達にできることは何か

スーパーフードドリンク、目玉はモリンガ、エゴマ油、豆乳、パイナップルのスムージーだ。ショップではスーパーフードの加工食品、ポーラス構造の竹炭、大中小の屋上菜園用木枠セット。

  • どこまでの損失であれば許容できるか

200万円に設定した。損失が出た場合は杉浦と浮城が折半で負担する。

  • だれが全体をコントロールするか。

杉浦と浮城の2人がコントロールを担当することになった。

 

1週間後、4人は開店前のスーパーフードカフェに集まり、ミッションと経営方針を確認した後、開店記念パーティを持った。

杉浦「今日は船に例えたら進水式だね」

浮城「いよいよ大空に向かって飛ぼうとする鳥のヒナみたい。ちょっとドキドキする」

山川「丹精こめて山梨県で育てているスーパーフード食材の東京デビューだ」

飯田「忙しいワーキングウーマンの健康を支える応援団になりたい」

ワインで乾杯した。「一歩一歩前進!」

 開店前日。

カフェの中にはモリンガの木が繁っている。ドリンクを注文したお客さんは待っている間、自由にモリンガの葉を摘まむことができる。またエゴマの葉も。

モリンガの木は山梨県の南の農園から運ばれてきたものだ。午前11時までは屋上で日光を浴びて栽培されている。そして有機栽培。エゴマは島根県川本町から送られてきた苗を屋上菜園で育てている。こちらも有機栽培。 

 

モリンガがエゴマに話しかけている。

「私たちもここのカフェの店員になって4人のチームを応援していこう。私たちが皆さんの健康に役立つことを実感してほしい。そのために身を削られてもいい。かえってうれしいくらい。屋上の仲間ともいつでも選手交代できるようにしてくれているって、杉浦さんと山川さんが言っていた」

  (第22話 了)