旅館篇 第10話

 

長男夫婦と次男夫婦からの手紙。

 

お父さん、お母さん。旅行を楽しんでくださっていますか。少しでも恩返しをしたいと

思い、今回の旅行をお勧めしました。無理をしないで、ゆっくり温泉にはいったり、美味

しいものを満喫してください。

お父さん、お母さんの生き方をお手本にして私たち夫婦もこれからの人生を歩んで行きた

いと思っています。

今迄私たちのためにしてくださった沢山のこと、ありがとうございます。これからも健康

に気をつけて、私たちの前を歩き続けてください。

家に帰ってきたら、旅行の話を聞かせてくださいね。楽しみにしています。

                                   修一

                                   実枝子 

お父さん、お母さん

今頃の南伊豆は紅葉がきっと見事でしょう。温泉好きのお父さんのことを考え、兄貴と

相談して今回の旅行パックを選びました。ご満足頂けていますか。

お父さんが定年で退職した後、農業を始めた時は、ちょっとびっくりしました。お父さん

は半農半Xだよ。あとのXは自分のやりたい仕事、と言っていましたね。生涯現役で人生

を仕上げると。

お母さん、自分の夢はお父さんの夢を叶えること、と言ってますが、お母さんご自身の

夢のためにお父さんに協力して貰ってください。今迄お父さんに沢山協力してきたんで

すから。これからも元気で、野菜のおすそ分けもよろしくお願いします。                

                                                                   健次

                                   めぐみ

 

東條さんご夫妻は息子さんたち夫婦からの手紙を何度も読み返していた。 

山間に霧が流れ、旅館もいつしか霧の中に沈んでいく。

 

(四日目の朝)

今日で旅行も終わり。朝食の後、帰り支度をする。

朝食は黄檗宗の精進料理とのこと。

出発前に女将が御点前ということで、旅館の中にある茶室に案内される。

加藤様ご夫妻、中村様ご夫妻、東條様ご夫妻が揃って茶室に座る。

静寂の雰囲気の中、まず京都の季節の菓子を頂く。その後で女将からここでのお作法につ

いて簡単な説明の後、お点前。

その後で女将からご挨拶。

「この度は私どもの旅館にご滞在くださり、まことにありがとうございました。ささやかではございましたが、皆様が楽しく、幸せなひと時を過ごしていただけるよう、皆でお手伝いをさせて頂きました。一期一会という言葉がございます。人生はその一期一会の積み重ねとも言います。またお会いできることを楽しみにお待ちしております。

 是非、私どもの旅館にご自宅の離れのようなお気持ちでお越しください。そして「行ってらっしゃいませ」と最後に申し上げます。ありがとうございました」

 

 ミニサロンカーが到着した。

 玄関では車の姿が見えなくなる迄、女将と従業員、ケアアテンダントの山本さん、藤沢さん、坂本さんが頭を下げていた。

 

(一週間後)

 

 加藤様ご夫妻、中村様ご夫妻、東條様ご夫妻のお宅に旅行記が送られてきた。

写真と記事の入った旅行アルバム。息子達夫婦のところに持っていって、旅の話をしよう。

行く前は計画でワクワクして、旅行中は楽しく、また旅行から帰ってきてもまた楽しめる。三回楽しめる旅行というのは本当だ。

 

                                   

(以上)