書くということは自分の中の金鉱脈を見つけること
書くということは楽しいことだ。それが最近の実感だ。勿論なかなか題材を思いつかなかったり、思うように話が展開しないため考え込むことも多いが、楽しいというのは書いているうちに書く前には、気が付かなかったこととか思いもしなかったことが、書いているうちに浮かび上がってくる。例えて言えば、記憶の浅いところからやや深いところ、そして記憶の深海から何かが浮かび上がってくる。別の表現をすれば、岩を砕いているうちに何かキラッと光る破片が出てくる。最近のブログではマレーシア駐在時代、電力庁の技師長から受けたアドバイスと激励、それにある私鉄会社のトップの方から訓えられたことなどがそうだ。それらは岩を砕いていく中で出てきた私にとっての金鉱石だ。過去の記憶と今ここに生きる自分が交流する。おそらく書き続けるということをしていなければ、埋もれた、忘れられた記憶となるだろう。今日も書くというつるはしを振り上げながら岩を砕いていく。いつか金鉱脈も見つかるかもしれない。書くということは自分を掘り下げていくことでもある。自分の中を深く降りていく、その先にどんな光景が広がっているのか、それが日々の楽しみでもある。