旅館篇 第1話

(一日目)

女将はケアアテンダントとの1時間の入念な打ち合わせを終え、玄関に飾った生け花を整えていた。そこへミニサロンカーが到着。親孝行旅行のお客様だ。早速従業員を促してお迎えする。3日前旅行計画を準備したサンクスペアレンツのコンシェルジェ山川さんから書類が届き、既に打ち合わせを終えている。

今回来られたお客様は3組。皆さんご夫婦でそれぞれ75歳から80歳の間。そのうちの

一組のご主人は足が悪く、車椅子を利用している。

 

お部屋にご案内する前に応接ルームでご挨拶。お茶だしをした後、従業員の紹介をする。またサンクスペアレンツのサービス内容についてご説明する。特に体調管理システムに関心を持ってくださった。またAEDも備えてありますよと説明すると、「それなら安心ね」と白髪の東条様の奥様が嬉しそうに言われた。そして「おいしいお茶ですこと」。

 

女将から今回の皆様のお付き添いをご紹介した。旅館の中は従業員が担当し、外はケアアテンダントが担当しますと簡単にご説明した。

 

東條様ご夫妻には坂本さん、加藤様ご夫妻には藤沢さん、中村様ご夫妻には山本さんが外のお付き添い。

ケアアテンダントの3人とも地元の方たちで看護士、介護士の経験のある人達だ。しかもサンクスペアレンツの研修を受けて試験に合格している。心強い。

 

従業員にそれぞれお客様をお部屋にご案内させた後、女将は3部屋にそれぞれ顔を出し

改めてご挨拶。私どもの旅館には俳句で有名な松尾先生も時々来られるんですよ、と女将は四方山話。

 

着替えていただいてから昼食までの時間、ケアアテンダントが近くの名所までご案内する。

予め選んでおいた3箇所にそれぞれ別々に向かう。ゆっくり散歩という風情で。アテンダントの藤沢さんは加藤さんのご主人の車椅子を押している。「私はこの土地の生まれなんです。・・・」と自己紹介している藤沢さんの声が聞こえてくる。道行く地元の人たちが声をかけてくれる。「いらっしゃいませ。楽しんでいってください」

田園風景が眼下に広がっている。そこで3組は分かれる。

加藤様ご夫妻は富士山が見たいということで、海の向こうに富士山が浮かんでいるように見える見晴台に向かった。見晴台で加藤さんのご主人は「僕はね〜、佐賀県の生まれなんだ。東京で仕事をするために母を残して東京に来たのさ。その時初めて富士山を見た。きれいな山だなあと思った。感動だったね。一生懸命働いて生活も一段落し、母を東京に呼ぼうと思っていた矢先、母は心臓発作で突然亡くなってしまったんだよ。悲しかった。それからは富士山を自分のお母さんと思うようになった。今日きれいな凛とした富士山を見て本当に嬉しかった」