第二の故郷物語 「親孝行プレゼント」(その2)

二日目夜

夕食は旅館謹製の高齢者向け特別料理で、採れたての色とりどりの野菜、山菜がふんだんに使われている。天麩羅の盛り合わせ。湯葉、椎茸などの具が盛りだくさんのうどんすき。おやき。あわぜんざい。りんごジュースに玄米茶。

東条様ご夫妻は全部召し上がった。「料理は美味しいというのがまず第一だが、食べて幸せ、というのが最高だね。今晩は本当に幸せだった」ご主人が奥様に顔を向け、きみはどうだい、と言う感じで促している。「私も幸せでした。こんな心づくしのご馳走が頂けるなんて、幸せです。それに何か身体の中がスーッと爽やかになったみたい」「さっそくデトックス効果が出たんじゃないか」

夕食後、東条様ご夫妻はしばらくテレビをご覧になっていた。お二人でよく見ている番組とのこと。時間を見計らって、マッサージ室にご案内する。まず足湯に使っていただき、しばしリラックス。身体も温まってきたころ、マッサージを始める。ご主人には中国気功整体、奥様には美容整体。それぞれ50分コース。今日一日の疲れがとれることを願って。

マッサージの後は歌の時間。お二人に「心の歌」を歌っていただく趣向。ご主人からは「喜びも悲しみも幾年月」「影を慕いて」「霧にむせぶ夜」奥様からは「恋心」「蘇州夜曲」「水色のワルツ」が自分の心の歌との連絡を頂いている。

司会は「地域コミュニケータ」の坂本さん。観客は従業員でカラオケセットも担当。

坂本さんが始める。「真珠貝のようにこころの中に埋め込まれた小さな玉。人の世で生きていく時、私たちが流す涙、苦しみが小さな玉を少しづつ大きくしていきます。

そしていつしか輝きを増していきます。それが我が心の歌なのでしょう。」

それではご主人からどうぞ。

 坂本さん、ナレーションを始める。

・・・灯台守は

船に光を送り続けます

灯台守は家族だけの世界

妻は不自由な暮らしに耐え

子供達を育ててくれました

人並みの楽しみを味わわせて

やれなかった 妻よ 子よ

黙々と仕えてくれた妻よ

お前がいなかったら

俺はこの仕事を続けられなかった

妻よ お前こそ

俺という船の灯台だった・・・

それでは東條様のご主人、どうぞ。

ご主人は出だしでちょっとつまづいた。涙を拭った後で歌い始めた。坂本さんが励ますように途中まで一緒に歌った。

次は奥様、恋心です。

坂本さんのナレーション。

・・・ミラボー橋の下をセーヌは流れ

私たちの青春も

私たちの恋も

小さな舟のように

流れていった

もう恋なんてしないと誓った筈なのに

恋なんてむなしくはかないものと

知った筈なのに

なぜか今度こそ本当の恋に生きたい

恋に死にたい

セーヌの流れをみつめながら

そう思う私は

愚かでしょうか

マビヨン通りに枯葉が舞っています。

あの人と会った小さなレストランに

灯がともっています・・・

奥様は岸洋子になったかのように表情たっぷりに歌われた。

歌声と共に夜は更けていく。

ご主人も、奥様もそれぞれ3曲歌った後、歌にまつわる思い出を語り始めた。

坂本さんと従業員は相槌を打ちながら聞いている。

午後9時半。明日もありますから、お二人の歌謡ショーは盛り上がってきましたが、そろそろ幕を下ろさせていただいたいと思いますが、宜しいでしょうか。

「おやおや、こんな時間か。あまりにも楽しくて時間を忘れていたよ。長時間、お付き合い頂いてありがとう。」「本当に楽しゅうございました」

坂本さんは「明日は9時に伺います。それではゆっくりお休みください。それからお休みになる前にお薬を飲んでくださいね。」と挨拶して部屋を後にした。

「今晩東条様ご夫妻はなかなか眠れないかもしれない。寝物語にいろいろお話されるのではないかしら」坂本さんは女将に今日一日の報告書を出して家路についた。

 電気を消した暗い部屋の中でご主人の声がしている。

 早苗。今日は楽しかった。君と一緒にこんな旅行ができるなんてまるで夢のようだ。ぼくは今日、今迄なんて君を大事にしてこなかったか、本当にわがままな自分勝手な人間だと思ったよ。・・・許してほしい。これからは少しは優しい夫になりたいと思う。ぼくと結婚して幸せだったと思ってもらえるように心がけます。

 これからもどうぞよろしく。早苗さん・・・お休みなさい。 

 三日目

 雨の音で東條様の奥様は目をさました。庭の木の葉を雨がやさしく叩いている音が聞こえてくる。「今日は一日雨かしら。2日間ちょっと忙しかったから、今日は旅館でゆっくりするというのもいいわね」奥様はこの2日間のことを振りかえっていた。まるで家族のように迎えてくれている女将さんと旅館の従業員の人たち、「地域コミュニケータ」の坂本さん、親切にしてくださった地元の方たちともあと1日でお別れ、何か胸にこみあげてくるものを感じる。

 「起きているのか」ご主人が頭を奥様の方に向けた。「はい、今目を覚ましたところ」

 「朝食前に近くを散歩しないか」「雨が降ってますよ」「いいじゃないか、相合傘で行こうよ」旅館の案内図の中に散策路が紹介されていた。

 東條様ご夫妻は着替えて「ちょっとそこら辺を散歩してきます。小1時間というところかな。朝食は8時にお願いします」奥様はご主人の腕にすがり、ご主人が傘をさしている。「行ってらっしゃいませ」

「若い頃、こうして2人で腕を組んで銀座を歩いたわね。デートだっていうのにあなたはいつも遅れてきたし、それに仕事の話ばかりしてたわ」

「何を話したらいいのか、分からなかったんだ」

「愛しているよ、なんて一回も言ってくださらなかったのよ」

「そんなこと思っていても、口に出せなかったよ」

「ほんとに思っていたのかしら」

「思っていたさ」

「私のこと、そんなに好きじゃないのかしら、って寂しかった。母に明彦さんはデートの時いつも仕事の話ばっかり、いやになっちゃうわ、と言ったら叱られたわ。母は「真面目で不器用な人かもしれないけど、一途なところがあるのよ、明彦さんは。これからはあなた次第よ」って言われたわ。」

「あれから45年か。長いといえば長いし、昨日のことでもあるような気もするし。長いこと本当にありがとう。でもぼくは君にとって良い夫ではなかったんじゃないかな。それほど出世もしなかったし、金持ちにもなれなかった。自分のことで精一杯という生き方をしてしまった。」

「あなたの定年退職の日、家に沢山のお花が届いたわね。その時、あなたが会社でどんな存在だったか、分かったの。嬉しかった。あなたの人間性を多くの人たちが認めてくれていたんだと」

「そんなことがあったね。でも君がお父さん、お疲れ様でした、と渡してくれた花束が一番嬉しかったよ」

「あの晩、お父さんはわたしの前に正座して、本当に長い間ありがとう、と言ってくれたわ。こんな私を支えてくれたことを感謝しています、って」

「あれから2人であちこち旅行に行ったね。会社勤めの時はどこにも連れていってあげられなかったからね。どこが一番想い出に残っている?」

「今度の旅行かしらね」

「お父さんね、私今でも思い出すと幸せな気持ちになることがあるの。あれは私が65歳を迎えた時、健康診断で乳癌の疑いがあるということで、池袋の癌研の病院で検査して貰った時、手術することになったわよね。そのことをお父さんに話したら、「大丈夫、きっと直る」と言って、私のことを一晩中抱いてくださった。あなたの身体の温もりをあの時ほど感じたことはなかったわ」

「君のことがいとおしい、心底そう思ったんだ。」

「この人生、2人でいろんな思い出をつくってきたわ。辛く、悲しいこともあったけど、あなたと2人で作ってきたのよ。他の誰とでもないわ。これからも素敵な思い出を一緒に作っていきましょうよ。私の素晴らしい、だけど時々ちょっと依怙地になる旦那様」

 雨は上がり、青空が見えてきた。木々の葉がみずみずしく光っている。

「旅館に戻る時間だよ」

「いやよ、まだ戻りたくない」

朝食の時間。東條様の奥様のご希望メニューは、牛乳、焼き芋、ゆで卵、ごはん、味噌汁、青菜の漬物、食後の果物(みかんとぶどう)。香川栄養学園園長香川綾さんの四群点数法で香川さんが自ら実践している食事で、香川さん自身90歳を過ぎても現役で活躍している。

香川さんは「三食とも大事ですが、栄養学的には朝がいちばん重要です。不足している栄養分を補充して、身体をリフレッシュさせ、一日のスタートをきる。これが自然の理にかなっています」と言っている。

東條様の奥様はこれから香川先生の食事法をご主人とご自分の健康のため始めたいと思っていたが、なかなかキッカケが掴めずにいたので、今朝の朝食に期するところがあるようだ。「牛乳、焼き芋、ゆで卵が主食なんですよ。ごはん、味噌汁は副食。ちょっと変わっているでしょ」

「昨年、私も主人も病気をしましたの。もう少し、2人で人生を、健康に過ごしたいと思いまして、高齢者の健康法を調べているうちに香川綾先生の料理法に行き着きました」

ご主人は旅館特製の朝食を食べている。グジの焼き物、味噌汁、エイひれ、岩海苔、野菜物3種。大根の葉とちりめんじゃこのおひたし。レンコンとふきとがんもどきの炊き合わせ。そして大和芋のすりおろしたもの。最後に野菜ジュース。

お二人は食事をしながら今日の予定の打ち合わせをしている。

午前中は近くの漁村にいくことにした。お昼はそこで浜鍋を頂いて、その後海辺を散歩。旅館に戻ってきてから、旅館の隣にある陶芸教室で夫婦茶碗をつくり、夕食迄の時間、ゆっくりと温泉に入る。夕食後、旅館の車で星が丘に向かい、星見物。ここは星がとてもきれいに見える場所とか。

若い時は太陽が昇り、中年期には太陽が頭上の中心に来て、老年期は素晴らしい夕焼け。太陽が沈み、夜がやってくる。日中は全く見えなかった星星が夜空に一斉に輝く。空一杯の星を眺める。これは高齢者の特権かもしれない。

星見物から戻ったら、マッサージしてもらって、後は部屋でくつろぐ。「地域コミュニケータ」の坂本さんが、明日の晩はちょっと特別なことがありますよ、と言っていた。「何かしら、楽しみだわ」

朝食後、坂本さんが来た。

「坂本さん、2人でこんな計画を立てたのよ。どうかしら。」

「とてもいいですよ~。今日は写真を沢山とりましょうね。お見受けしたところお二人

ともとても元気そうですよ」

坂本さんに案内されて車で、漁港に向かう。車で30分。汐の香りが濃くなってくる。港を散歩してから、予約しておいた割烹旅館で浜鍋を頂く。お店の人は「鯛とか、ひらめも美味しいですけど、本当に美味しいのは岩礁についた海藻を食べている小あじとか赤べらとか、そういう小魚なんですよ。都会の人たちはご存知ないかもしれませんが、養殖物とは全然違います」

「坂本さんもご一緒にいかがかしら」

「そうそう、気がつかなくて失礼しました」

昼食の後、漁師の三崎さんのお宅に伺い、お話を聞く。

「ぼくも実は漁師になりたいと思った時期があったんだ。海原を見ながら生活したい、そう思った。」小女子の佃煮と玄米茶を三崎さんの奥さんが出してくれた。

旅館に戻り、暫し昼寝。

坂本さんは午前中の出来事を携帯電話で報告している。

第二の故郷物語 第4話 「両親に幸せ旅行をプレゼント」(その1)

 

一日目

 

女将は「地域コミュニケータ」との1時間の入念な打ち合わせを終え、玄関に飾った生け花を整えていた。そこへミニサロンカーが到着。親孝行旅行のお客様だ。早速従業員を促してお迎えする。3日前旅行計画を準備した「第二の故郷」コンシェルジェ山川さんから書類が届き、既に打ち合わせを終えている。

 

お部屋にご案内する前に応接ルームでご挨拶。お茶だしをした後、「第二の故郷」のサービス内容についてご説明する。特に体調管理システム、リストバンド型活動量計に関心を持ってくださった。地元の病院が、お客様の滞在中に何か体調の変化があれば、すぐ対応する体制ができている。またAEDも備えてありますよと説明すると、「それなら安心ね」と白髪の東条様の奥様が嬉しそうに言われた。そして「おいしいお茶ですこと」。

 

女将から今回の皆様のお付き添いをご紹介した。旅館の中は従業員が担当し、外は「地域コミュニケータ」が担当しますと簡単にご説明した。

 

東條様ご夫妻には「地域コミュニケータ」の坂本さんが外のお付き添い。「地域コミュニケータ」は地元の方たちだ。中には看護士、介護士の経験のある人もいる。しかも「第二の故郷」の研修を受けて試験に合格している。心強い。 

 

従業員にお客様をお部屋にご案内させた後、女将は部屋に顔を出し改めてご挨拶。私どもの旅館には俳句で有名な皆川先生も時々来られるんですよ、と女将は四方山話。

 

着替えていただいてから昼食までの時間、「地域コミュニケータ」が近くの名所までご案内する。予め選んでおいた場所に向かう。ゆっくり散歩という風情で。

 

ご夫婦が散歩から戻ってきた。昼食はご夫婦の健康状態に合わせてそれぞれ調理してある。量も少なからず、多からずで丁度いい。これなら食べ残すということもない。戦後の食糧難の時期を生き抜いてきた人たち。勿体無いがすぐ口に出る。

塩分控え目だが、季節の香りを添えて、ちょっと嬉しい地元ならではのびっくり食材。

昼食の後、足湯。その後マッサージ券を使っていただき、全身マッサージ。午後3時過ぎ、地元の町に下りてみやげ物屋を歩く。子供達へのお土産を今から探しておこう、と思っているのかもしれない。茶店風の店で一休み。お茶とお菓子を頂く。

 

夕方、旅館に戻る。「地域コミュニケータ」の坂本さんは東条様ご夫妻に「今日はこれで失礼します。明日は9時に参ります。お薬を飲むのを忘れないでくださいね。」と挨拶して、その後旅館のスタッフに今日の報告と明日の予定の打ち合わせを済ませた後、帰宅していった。急な連絡のために連絡用携帯電話は所持して貰っている。

 

東条様ご夫妻には温泉に入っていただく。事前に温泉の効能について従業員がご説明する。風呂から上がってこられた。「檜風呂ってやはりいいね。檜の香りと柔らかいお湯。堪能しました」と東条さんのご主人。

 

さあ夕食。お部屋に料理が運ばれる。一日のハイライト。従業員が料理を持って部屋に入ってくる。

その中にご注文の懐かしい料理がある。「やあ、本当に作ってくれたんだね。これを食べると母を思い出すんだ。ありがとう」東条様のご主人は嬉しそうに箸を伸ばした。奥様からもなつかしい料理、食べてみたい料理のご注文を頂いている。奥様は、「わざわざ作ってくださり、嬉しいわー。ご馳走が沢山でどこから箸をつけたらいいか迷っちゃう」と料理を見ながらちょっとはしゃいでいる。その姿を見ている東条さんのご主人の目がやさしい。

 

「今日は楽しかった。こんな旅行をプレゼントしてくれた子供達に感謝だね」と東条様のご主人は奥様に顔を向けて、ご満悦だ。

食後は地元の歴史、文化をまとめたビデオを鑑賞して頂いた。

「そうそう、息子達が気にしているだろうから電話をしよう。母さん、携帯でかけてくれないか」

ご主人の後は奥様が息子さんのお嫁さんと話しているようだ。

 

お布団を敷き、就寝の準備をした。

 

お客様がぐっすりと睡眠をとられ、明朝元気に目覚められ、楽しい一日が送れますように!

 

二日目

 

東条様の奥様は鳥の声で目を覚ました。一瞬ここはどこかしらと思い、「ああ、そうそうお父さんと一緒に旅行に来ているんだわ」とつぶやき、傍らでまだ寝ている夫の顔を見た。

昨晩は嬉しくて3回も温泉に入ったので、ちょっと疲れたのかもしれない。「あんな嬉しそうなお父さんの顔を見たのは久し振り」。

鳥の声に誘われるようにそっと襖を開け、窓の側に寄った。「今日も良い天気。さてお父さんと一緒にどこにいこうかしら」

「昨日昼食券とマッサージ券を頂いたから今日は近くの松葉旅館に行って昼食を頂き、それから夕方はこの旅館に戻ってきて、マッサージもいいわね」東条様の奥様は漠然と今日の予定を考えていた。「昨日の「地域コミュニケータ」の坂本さんにも相談しよう、きっといいところに連れてってくれるわ。気さくでとても感じのいい人だったから」

部屋の中で「ウウーン」と伸びをしているご主人の声が聞こえた。「おはようございます。良く眠れたようね」「ウン、久し振りにぐっすり眠れたよ。さて、早速朝風呂といこう」

「ホントにお風呂が好きね」「折角温泉に来たんだ。ここの温泉は本当に気持ちがいいんだよ」

ご主人が朝風呂から上がってきて、程なく旅館の従業員から電話があった。「おはようございます。朝食は何時ごろお召し上がりになりますか」

 食事が部屋に運ばれてきた。予め注文していた朝食メニュー。小豆入り玄米粥、鮭の皮のロール、半熟の卵、白花豆の煮物、黒ゴマ豆腐、磯まきゴボウ、わかめとネギの味噌汁。

 「この旅行では好きな料理、懐かしい料理を食べさせてくれるというんで、ちょっと我侭を言わせて貰ったんだ」ご主人は食事を運んできた従業員に「ありがとう。そう、これこれ。美味しそうだ。」

ご主人の話によると小豆入りの玄米粥は出張で行った山形の旅館で食べたもので「もう一度食べてみたいと思っていたんだ。」鮭の皮のロールは北海道の天塩川の営業所にいた時、ふんだんに採れる鮭の皮の美味しさを知ったため。白花豆は北見地方の特産。磯まきゴボウ、わかめとネギの味噌汁はお袋の味で、半熟の卵、黒ゴマ豆腐、納豆は健康のために毎朝食べている、そのように説明してくださった。

「さあ、これで今日も一日元気に過ごせるよ。」「まあまあ、美味しいものを前にした子供みたいね。それでは頂きましょう」ご夫妻とも最初に味噌汁に箸をつけた。「美味しい!」「うまい!」

「ゆっくり朝ご飯が食べられるなんて、嬉しいわ。後片付けもしなくていいし。・・・私たちが結婚した時は、あなたは残業、残業で家に帰ってくるのは食事と寝るためという感じで、朝ご飯も慌しかったわ。もうあれから50年。いろいろあったわね。でも今こうしていられるなんて幸せ。子供達もそれぞれ元気にやっているし・・・。こうやってお父さんと一緒に食事できるの、後何回かしら。300回、1000回・・・」

「50年、しっかり支えてくれた、もうダメだと思ったこともあったが、お父さんなら乗り越えられるわ、と励ましてくれた。お礼を申します。心の底から感謝しています」

「何でこんな話になったのかしら」奥様はそっと目を拭っていた。

 

 

食事の片付けと入れ替わりに女将が部屋に朝の挨拶にきた。「おはようございます!

今日も元気でお健やかにお過ごしください。何かありましたらどうぞご遠慮なくお申し付けください」

 

「地域コミュニケータ」の坂本さんが部屋に入ってきた。「おはようございます。ご気分はいかがですか。体調はどうですか」坂本さんは親身になって尋ねている。坂本さんは30分ほど前に旅館にきて、体調管理システムのデータをチェックしていた。「これなら大丈夫、でも無理しないようにしましょう」と自分に言い聞かせた。

坂本さんは今日のスケジュールを東条様ご夫妻の要望を聞きながら打ち合わせが始まった。地元の観光マップと農家と漁村の訪問先を見ながら楽しそうに話し合っている。

予定としては、前日に決めておけば段取りしやすいのだが、高齢者の場合はその日になってみないと体調が分からないので、当日の体調を見て適宜予定を立てたほうが高齢者にも負担がかからない、ということを坂本さんは経験から学んでいる。

 

打ち合わせの結果、午前中に観光の名所を一つ見た後で、農家の高橋さんのお宅を訪問することにした。地元でないと食べられないちょっと珍しい野菜があるとのこと。

午後は観光の名所を2つ、車で行って、ゆっくり見て、それから旅館に戻り夕食。風呂に入ってからマッサージ、と決まった。

東条様のご主人は「さあ、腹ごしらえもできたから、今日は歩くぞ」と元気一杯。

奥様は「あなたに付いていきますが、疲れたら手を引いてくださいね」

午前中の観光名所は散歩がてらいける距離だが、午後の名所は歩いていくには遠すぎるので、坂本さんが旅館の車でお二人を案内する。

 

午前中の観光名所には散歩がてら。お二人は手ぶらだ。「地域コミュニケータ」の坂本さんがお二人の手荷物を運んでいる。お二人は時々立ち止まり、「ちょっと休みたいんですが、いいですか。」「勿論いいですよ」と坂本さん。道端の岩の上にシートを敷いてそこに座っていただく。樹木の香りが流れてくる。道端には菫の花が咲いている。川の流れの音が聞こえてきた。「もうすぐお目当ての滝かな」

坂本さんは滝の前でお二人の写真を撮る。「ご主人、奥様の肩をそっと抱いていただけますか」

写真を撮った後、坂本さんは携帯電話を使って旅館に今どこにいるか、何をしているか、特に問題はないか、これからの予定につき、報告を入れていた。

滝の見物の後、農家の高橋さんのお宅に伺った。昔ながらの農村の家。若いご夫婦が迎えてくれた。ご主人から土地のこと、農業についてお茶を頂きながら話を聞いた。「ちょっと珍しい野菜を上がってくださいな。葉ワサビなんです。なめ味噌を葉ワサビでくるんで食べると、これがなんとも言えません。お口に合うといいんですが」

鮮やかな野菜の香りが口の中に広がる。「これはここでしか味わえない地元の逸品ですな」「葉ワサビと味噌がよく合っていること」蕎麦茶を高橋さんが出してくださった。

 

目の前には棚田が広がっていた。あぜ道で縁取りされた幾枚もの棚田。東条様のご主人は子供の頃田舎で育ったと聞いていた。どこか遠くを見るような目で棚田とその回りに拡がる風景を眺めている。ぽつんと「懐かしいな~。ぼくの田舎にも昔は棚田が沢山あったよ。大水の後など崩れた石垣直しが大変だった。」

 

旅館に戻り、昼食。ご夫妻はざる蕎麦とミニ山芋汁を食べられた。

一服してから車で観光名所2箇所を回った。一つは民話の里、もう一つは平家の落人部落。旅館に戻った。少しお疲れになったようだ。「お疲れになったんじゃないですか」と聞く坂本さんに「大丈夫、大丈夫」とご主人が答えている。奥様は「疲れたわ」と言って窓の側のラタンの椅子に身体を預けるようにして座った。「お父さんたら、1人でドンドン歩いていってしまうんですもの。手を引いてください、ってお願いしたのに。坂本さんがいてくださったので助かったわ」

奥様は旅館の庭を見ていた。お茶を頂きながら、ぼんやりと庭木を眺めていると女将さんがしゃがんで何かをとっているのが見えた。近づいてきた女将さんに声をかける。「何とっていたんですか」「あら、ご覧になっていたんですか。茗荷なんですよ。今晩の夕食に添えさせていただこうと思いまして」「お財布なんか忘れていきませんよ~」「それより宿賃のお支払いを忘れないでくださいね」女将と東条様の奥様が声をたてて笑っている。「茗荷が可憐な黄色い花をつけるんですよ、私とても好きなんです」

 

(その2に続く)

第二の故郷物語 第3話 「ワ―ケーションは入り口」

 

野崎俊介は山梨県のT町に向かっていた。新宿から中央線の特急に乗り、甲府で身延線に乗り換え、Y駅で降りる。自宅からの所要時間は3時間半。両側から南アルプスの山々が迫ってくる。

もうすぐ駅に着くというアナウンスがあった。

 

滞在場所はT町のワ―ケーション施設だ。宿泊は提携している民宿だ。今回は会社が社員を対象に実施しているワ―ケーション制度を利用しての旅行だ。滞在期間は1週間。一年に4回利用することができ、費用は会社の福利厚生費から全額出る。ワ―ケーション施設は関東近県にある提携施設の中から自由に選ぶことができる。野崎が勤めている会社は神田にある広告宣伝媒体を扱っている会社だ。給料は出来高払いも含めると良い方だと思うが、会社の福利厚生活動といったものは全くと言っていいほど無かった。それは社員が自分で好きなようにすればいい、という考えがトップにあったようだ。ところが最近、会社の同僚が他の会社に転職するという事態が相次いだ。結局3人が辞めていった。

3人とも優秀な社員だった。慌てたトップは経営会議を開いて若手・中堅社員の引き留め策を講じた。その中の一つがワ―ケーション制度だった。

 

ワ―ケーションでは自分の勤務時間は本人の判断に任される。今回会社から求められていることは1本の企画書をまとめることだけだ。野崎が今回上司と相談して決めたテーマは「地域資源の活用・スーパーフード農園の支援」だった。

今迄T町のスーパーフード農園の経営者伊東さんとメールで打ち合わせを重ねてきた。

今回の出張は企画内容の最終的な詰めと実行案の作成にあった。

 

野崎は今回のワ―ケーションでは以下のような計画を立てた。

まず企画書をベースに、着いた日の翌日、月曜日から水曜日まで伊東さんと一日、徹底的に打ち合わせをする。午前8時から午後3時迄ワ―ケーション用の事務所になっているログハウスでミーティングを行う。昼食は地元の食堂の出前。後の2日間は企画書の最終的完成に専念する。金曜日にもう一度伊東さんに会って企画書の完成案を説明し、アドバイスを頂く。

5日間の昼食はログハウスのカフェで出前ランチ、午後3時迄仕事を終えて、それ以降は最初の日は別としてウエルネスタイム。ウエルネスのプログラムとその場所が用意されている。ワ―ケーションの滞在者は無料で、自由に使える。

ログハウス周辺の森の中の道を散歩し、木々の間にヒノキチップがカーペットのように敷かれた場所があるとのこと。そこで寝ころび自然の中にいることを実感する。そして樹に触れ対話をする。大空を流れる雲に向かって今自分が思っていることを叫ぶ。夜は民宿で夕食の後囲炉裏端で地元の若い人たちと懇談の時を持つ。その後で自分の部屋に戻り、窓を開けて煌めく星座を見た後瞑想。大宇宙の中で生きている自分を確かめる。最後は民宿の温泉の湯で身体もこころを癒す。

T町ではワ―ケーションを楽しんでいる若い男性と女性のそれぞれの動画を製作してネットにアップしている。20分間程度の動画だが、十分雰囲気が伝わってくる。

 

おおよそ以上のような滞在計画を立てた。計画しているだけワクワクしてきた。

もう一つアグリヒーリングのプログラムと場所も用意されている。地元の畑と田んぼでの農作業だ。今回は見学だけにして、実際に作業するのは次回にした。

アグリヒーリングの動画も作成されている。皆楽しそうだ。

 

                 *

 

Y駅で電車を降りたら、伊東さんがプラットフォームで、待っていた。Y駅は

無人駅だ。

伊東「遠いところまでわざわざ来てくださりありがとうございます。これから1週間よろしくお願いします。」

野崎「こちらこそよろしくお願いします。何か空気が違いますね。元気になれそうです」

伊東は野崎を予約している民宿に車で連れていってくれた。

伊東「それでは明日8時にロッジに伺います」

野崎「これから1週間お世話になります」

民宿は山の傾斜面に建っている。

夕食迄1時間ほどあったので、民宿のご主人の大森さんに断って散歩に出かけた。

富士川に流れ込む川の傍を歩く。夕方の霧が山から降りてきている。未だ初秋の時期だがヒンヤリとしている。俊介は思わず山の頂の方に目を向けたが、ボンヤリしていてはっきりとは見えない。道が川の近くになると水音が強く聞こえてきた。かなり急な流れだ。都会では川の水音を聞く機会が少ない、いやほとんどないかもしれない。赤とんぼが俊介の前を飛び去り、薄の方に向かっていった。

俊介はその時、自分が東京の喧騒を離れて人影の殆どない自然の中にいることを実感した。歩いていくと向こうの方で煙が流れているのが見える。近づいて見ると人がいる。中年の男性と女性だ。何か作業をしている。

野崎「何をしているんですか」

男性「竹を燃やして竹炭と竹酢液を作っているんです。最近このあたりの山も竹が多くなってきて、困っています。竹が増えると木が育ちにくくなって山が荒れていきます。竹炭と竹酢液を作って販売すれば竹の伐採費用ぐらいは出ると考えてやっているんです」

その時野崎はワ―ケーションの時間の後、もし手伝えたら竹を燃やす作業を手伝えるかもしれないと思った。その後川に沿って道を歩いていくと富士川に出た。身延線の電車からも見えたが大きな川だ。立ち止まってしばらく富士川の流れを見ていた。富士川は富士山の西側を回りこむようにして流れ、駿河湾に注いでいる。野崎は改めて上流に視線を送り、そして下流へと視線を廻した。

「この地域の人々は昔から山の中で富士川と生活を共にしているんだ」思わず呟いた。

ここまで歩いてくるのに20分かかった。帰りは登り道なので、時間が余分にかかるはずだ。引き返して民宿に戻ることにした。民宿の夕食は地元さんの食材を使ったものだった。大きな食堂での夕食。メニューは豚肉の生姜焼き、ナスとオクラの天ぷら、玉ねぎとジャガイモの味噌汁、そして野菜サラダ。食後はコーヒーと民宿の女将さんが作ったショートケーキを囲炉裏の方に移動して頂く。今日ここの民宿に泊まるのは一組の高齢者夫婦とどこかの建設会社の社員一人。どこかに現場があるようだ。囲炉裏には民宿のご主人、女将さんに加えて地元の若い男性が加わっていた。それぞれ簡単に自己紹介。高齢者ご夫婦はこの民宿によく泊まりに来ているとのこと。

「ここは私の故郷、北海道の北見に風景がよく似ているので。北見はやはり遠いのでなかなかいけませんから近場ということでここには年4回ぐらい、毎年来ています」高齢者のご主人がそう話してくれた。建設会社の社員はこの地域で始まったバイオマス発電のプロジェクトの準備で来ているとのことだった。野崎は東京の広告会社の社員で今回はワ―ケーションの関係で1週間ほど滞在すると自己紹介した。高齢者ご夫婦のご主人から「ワ―ケーションって何ですか」と聞かれたので、野崎は「仕事をして休暇もとるという新しい勤務スタイルです」と説明した。地元の若い男性が自己紹介をした。「私はここの生まれですが、高校を出た後、地元の山梨学院大学に進み、卒業後東京のホテルに就職しました。5年前のことです。そして昨年新型コロナウイルス問題でホテルがリストラした際、私もその中に入っていました。リストラされてから東京でいろいろ仕事を探しましたが、見つかりませんでした。故郷でワ―ケーションのプロジェクトが始まり、リーダーの近藤さんから声が掛かったので戻って来て、今はワ―ケーションのプロジェクトに携わっています。これから東京からワ―ケーションで私たちの町に来られるビジネスパースンの方が増えるでしょうから、その受け入れ体制づくりを担当しています。まだまだ不十分だと思いますので、ワ―ケーションで滞在される皆さんの生の声を伺いながら、皆さんが気持ち良く仕事をして、自然の中で気分転換できるよう受け入れ体制の充実を目指しているところです。昨年秋、近藤さんのサポートでフィンランドに行き、フィンランドの人々が森の生活をどのように楽しんでいるか、研修というと大げさですが、見てきました。とても参考になりました」

 

囲炉裏端の会話は主にこの地域の最近の状況についてだった。この町も高齢化が進み、限界集落も生まれ、人口減少が続いている。人口は1万人を切った。

民宿のご主人が皆を励ますようにこう言った。

「これから段々良くなっていくさ。野崎さんのようにワ―ケーションということで若い人がわが町に来てくれた。それもわが町の伊東さんとの共同プロジェクトを実現するために。本当にありがとうございます。」

建設会社の社員も「これからバイオマス発電事業も始まるし、活気が出てきますよ」

民宿のご主人が音頭をとり、この町の地場ワイナリーのワインで乾杯した。

風呂に入る順番を決めた。野崎は最初に入る高齢者夫婦の後になった。ここの民宿は温泉の湯を引いてきている。

 

野崎は一旦自分の部屋に戻り、敷いてある布団に横になった。これから1週間、有意義に過ごそう、と改めて自分に言い聞かせた。部屋から東京の自宅に電話した。妻の真理はすぐ出てきた。

俊介「今、民宿の部屋から電話をしている。落ち着いた古民家風の民宿だよ。」

真理「晩御飯は食べたんでしょ」

俊介「食べたよ。豚肉の生姜焼き、ナスとオクラの天ぷら、それに味噌汁。」

真理「民宿はどんなところにあるの?」

俊介「ちょっと山奥っぽいところだね」

真理「そう。それじゃ、これから1週間元気でね」

俊介「うん、おやすみ」

 

部屋の窓を開けてみると満天の星だ。まさに開けてびっくり。こんなに沢山の星を見たことは今迄の人生でなかった。明日からのワ―ケーションの予定を、シートを拡げ確認した。殆どが図式化されたシートだった。

高齢者のご夫婦から声がかかった。「お風呂、お先に使わせて頂きました。」

俊介は替えの下着を持って風呂場に向かった。風呂場は6畳ほどの広さだった。

単純硫黄温泉で加熱しているとの説明が掲示板に書かれていた。浴槽からは湯気が上がっている。身体を洗って、風呂に入った。そんなに熱くはないが、身体の芯から暖まる感じだ。俊介は長湯のタイプではないが、今晩は少しゆっくり風呂に入っていたいと思った。湯に浸かりながら今日会った人達の顔を思い浮かべていた。伊東さん、竹焼きをしていた2人、ワ―ケーションを地元で担当している若い人高梨さん、高齢者夫婦、建設会社の社員、それにこの民宿のご主人大森さんと奥さん。・・・どこからか虫の鳴き声が聞こえてくる。

風呂から上がった後毎日の日課にしている日記を書き、今日の一日を終えた。

時計は午後9時半。かなり早いが布団に横になっているうちに眠りに落ちた。

 

                 *

 

翌朝、俊介は夜明けとともに目を覚ました。窓が明るい。いつもは目が覚めてもすぐ起きられないが、今朝は違った。時計を見ると午前5時。すぐ立ち上がり、窓を開けた。朝の爽やかな空気が部屋に流れ込んできた。今日からワ―ケーションの活動が始まる。頭の中で今日の流れをイメージした。俊介は東京にいる時にも同じように1日の流れをイメージするようにしている。

 

今日は天気が良いので民宿から自転車でログハウスに向かう。午前8時ログハウスの到着。1時間、ログハウスのオフィス・スペースの自分のデスクで伊東さんとの打ち合わせの準備をする。打ち合わせのための資料はA3サイズのシートで8枚準備した。内容はほぼ図式だ。今日は一番重要な、基本的なことを伊東さんと打ち合わせる。シート1から3迄使って計画案をまとめる。昼食は町の食堂から届けてもらう。午後3時には今日の打ち合わせは終了して、伊東さんの農場を見学する。夜は民宿での夕食の後、ワ―ケーション・プロジェクトのコーディネイターの高梨さんから話を聞く。

 

ログハウスの管理スタッフが7時30分には来ていて、扉を開け、ポットに沸かしたお湯を入れてくれている。伊東さんが8時少し前に軽トラックで来た。コーヒーを飲んだ後、ログハウスのミーティングルームで打ち合わせを始める。

これから三日間毎日伊東さんとの打ち合わせだ。

プロジェクト名は「地域資源の活用・日本型スーパーフード農園の開設」。俊介はシート1から3迄をテーブルの上に置いて伊東さんに見せた。

シート 1:なぜ、今スーパーフードなのか 自己免疫力

シート 2:スーパーフードの種類とそれに適した地質・気候条件

シート 3:日本で栽培可能なスーパーフードの種類と栄養価 フィトケミカル

伊東さん「よくここまで図式化しましたね。ピラミッド、田の字、矢バネ、それにループと。作るのに大変だったことでしょう。これなら一緒にシートを見ながら、考えたり、アイデアを出したりできる。これはいい。ありがとうございます。」

俊介「確かにちょっと大変でしたが、不思議なことに図式化作業はやっていてなぜか楽しいんです。ただ大事なことは図式化の目的は、図を見ながら、もっと深く、もっと広く、場合によっては突拍子もないことを考えることにあります。図はあくまでも手段です。お互い図を見ながら、意見を交わし、画期的で、しかも実行可能、そしてビジネスとして十分成り立つ事業計画案をまとめていきましょう」

伊東「そういうことですね。私もこの図を見ながら知恵を絞ります。頑張りましょう。これから三日間、ワクワクしますね」

俊介「そう言って頂けるとうれしいです」

 

俊介は今日打ち合わせる3つの他に4から8迄のシートについても説明した。

シート4 :山梨県南部で栽培可能と思われる日本型スーパーフードの種類

シート5 :栽培方法、加工方法

シート6 :販売価格、販売チャンネルと販売方法、パートナー戦略

シート7 :事業の売上・収益計画、損失の限度額

シート8 :地域ブランド化のための方策

 

早速シート1の検討から入った。気がついたことをポストイットに書きつけて貼った。図の中に新しい線を引いた。2人の考えが一致したことをシートの余白に書き込んだ。熱中して話合ったり、考え込んだりしていた。そこに食堂の出前さんの声。昼食の弁当だ。既に11時半を過ぎている。あと30分打ち合わせをして12時から12時半迄ランチタイムとした。2人は午前中にシート1と2の検討を終えた。ログハウスの外のテラスの木製テーブルで昼食。

ログハウスの前に拡がる森を見ながら、俊介は伊東に話かけた。

俊介「ここのワ―ケーションプロジェクトのコーディネイターの高梨さんは森の生活を実感するためにフィンランドに行ったと聞きました」

伊東「そうなんですよ。高梨さんは現代の都会に住み、働く人達にとって森での生活がどんなに大事か実感したと言ってました。今晩会うとか。」

俊介「そうなんです。どんな話が聞けるか楽しみです」

 

昼食後、3時迄シート3の検討に入った。栄養価とその効果については専門機関の科学的データが不可欠だ。データの入手と利用可能性を分担して調べることとした。初日の打ち合わせは予定通り午後3時に終了した。伊東さんは軽トラックの荷台に、俊介が今朝乗ってきた自転車を荷台に置いて、俊介を自分の農場に連れていった。

このあたりは平地が少ない。伊東さんは田んぼとか畑に適している場所ではなく、あえて山の尾根のような傾斜地を開拓して主にスーパーフード的野菜を栽培している。

伊東さんは言う。

「地元の皆さんが営々と作り上げてきた農地を大切にしたいと思っているんです。いま高齢者の皆さんが農作業している田んぼにも畑にもいつか若い人たちが戻ってきて後を継いで、昔のように農作業をする、そんな時代がまたきっとやってくる・・・そう夢信じているからです」

俊介は伊東さんの畑を歩きながら、伊東さんのここまでくるまでの努力と苦労を思わずにはいられなかった。伊東さんの段々畑を歩いて見て廻った。一番下の畑はモリンガ、その上はえごま、その上はビーツ、さらにその上は秋ウコンだった。

ざっと見て畑の面積は2反歩ぐらいだろうか。一番多くの面積を占めているのはえごまだった。

まだ畑を開拓するスペースはありますよ、と伊東さんは笑いながら言う。

農場を見学した後、伊東さんは民宿迄軽トラックで俊介を送ってくれた。夕食迄の時間、自分の部屋で今日伊東さんと話した内容をシートを見ながら確認した。

やはり一人で考えているとどうしても主観的になるし、限界もある。今日伊東さんと打ち合わせできて良かった、改めて思ったことだ。

 

夕食はソバとお皿一杯の野菜の天ぷら、とろろ汁がついている。全部地元で採れたものとのこと。デザートは桃。

食後、高梨さんがやってきた。囲炉裏に座って高梨さんの話を聞く。

高梨さん「今日はお話の機会をつくってくださりありがとうございます。

フィンランドには3ヶ月ほどいました。フィンランドにも民宿的施設があり、私はある家庭の1室を借りてそこで過ごしました。ただ泊まるだけの部屋でしたが、床も壁も天井も全部木板が張ってあって、とても気持ちが良かったことを覚えています。その家から私はフィンランドの自然生活研究所に毎日通い、ワ―ケーションプログラムに参加して勉強しました。部屋の中での講義の後、外に出て森の中でのワークショップが毎日ありました。講師の先生は森についていつもこう言っていました。

「森は私たちの心と身体を癒し、浄めてくれるとても大切な場所です。現代人は日々の生活の中で、残念なことですが、森から遠く離れ、森の中での生活を失っています。森は恐ろしい場所ではありません。敢えていうなら神聖で、とくべつなところです。一度森の中で生活してみればそれは分かることです。私たち人類は森に守られて生きてきました。このワ―ケーションプログラムに参加される方には是非そのことを知って、体験して頂きたいと思います」

俊介「日本人で参加された方は他にいましたか」

高梨「今回は私だけでしたが、外国から大勢の方が参加されていました。アメリカ、カナダ。ヨーロッパからはイタリア、ハンガリー、イギリス、フランス、オーストリア、それからオーストラリア。東南アジアからは韓国、シンガポールだったでしょうか」

高梨さんとの話は尽きなかった。時計は午後9時半を回っていた。高梨さんとはまた話す機会をもちましょうと約束して別れた。

今日は一番遅い風呂に入り、寝る前に今日一日を振り返り、日記をつけた。布団に横になったのは11時だった。

 

翌日も伊東さんとの打ち合わせは午前8時から始まった。今日はシート4から6迄。シート4と5は現在伊東さんの農場で栽培している日本型スーパーフードの種類と栽培方法、加工方法について再確認の意味も含めて伊東さんから説明があった。また栽培方法についても伊東さんから自分の農場で行っている有機栽培の方法について説明があった。一番検討に時間がかかったのはシート6の販売についてだった。現在は道の駅での販売、ネットでの販売が中心になっている。今後のことを考えると安定的に購入してくれるユーザーが必要だ。さらに販路開拓にあたってしっかりしたパートナーがいてくれれば心強い。話合いながらユーザーとパートナーについていくつかの候補を上げた。プレゼンのための資料をつくることにした。

今日も出前の昼食を食べながらの会議となった。午後3時には今日の分は終わり、ログハウスの前で別れた。

伊東さん「やっぱり販売ですね。いくら一生懸命つくっても売れなければ回っていかない」

俊介「伊東さんが販売で苦労されていることは私も良く分かります。山梨県産の日本型スーパ―フードに合った販売方法を考えていきましょう。このプロジェクト実現の最大の鍵は独自の販売方法にあるのではないか、そんな感じがしています。」

ログハウスでの会議の後、俊介は自転車に乗って町の中のサイクリングロードを走ることにした。サイクリングロードは4コースある。打ち合わせで頭の方が疲れていた。気分転換をしたかったので森の中を走るサイクリング・ロードに向かった。森の道に入るとひんやりした。ゆっくり走っているうちに疲れが消えていった。

夕方民宿に戻り夕食を摂った。今晩はこの町の名物料理「イノシシ肉のすき焼き」

だった。ジビエ料理だ。思っていたほど肉は硬くない。美味しく食べられた。今晩の宿泊客は私一人ということなので、食後民宿の縁側でお茶を飲みながらボンヤリした。

真理に電話をかけた。

俊介「ぼく。昨晩は電話できなくてごめん。変わりない?」

真理「いそがしそうね。こちらは変わりありません。仕事は捗っている?」

俊介「順調だよ。いい企画書が作れそうだ」

真理「良かった。ワ―ケーションなんだから仕事ばっかりでなく、自然の中での生活も存分に楽しんできてくださいね」

俊介「そうする。それじゃお休み」

 

風呂に入り、寝る前に今日一日を振り返り、日記をつけた。布団に横になったのは10時だった。布団の上で考え続けていたのは伊東さんのスーパーフード農園を観光資源にできないだろうか、ということだった。考えているうちに眠りに落ちた。

 

3日目の朝、朝陽が窓越しに入ってきて部屋を明るくしている。枕元の時計を見ると6時だ。俊介はすぐに着替えて朝の散歩に出ることにした。朝食の準備をしている女将さんに声を掛けて道に出た。向こうに見える畑で民宿のご主人が畑作業をしている。俊介は坂道を途中迄降りてから、山の中腹にあるお寺に行ってみることにした。石積みの階段を上がっていった境内からみると町が一望できる。ちょっと不思議な感覚だったが、町を見ながら懐かしい思いに襲われた。

 

朝食は今日は洋食。パンとハム。ジャムもついている。それにカボチャのスープ。

飲み物はコーヒー。デザートはアケビ。

今朝テーブルについたのは私一人だった。女将さんによれば今週の金曜日夕方、団体客がくるとのこと。

 

食後、今日の仕事とその後のリクリエーションについてコーヒーを飲みながら流れをレビューした。仕事の後の時間は自転車でこの町の神社仏閣を回ることにした。民宿にパンフレットが置いてある。それから今日の伊東さんとの打ち合わせの準備をした。打ち合わせは今日が最後だ。シート7と8について打ち合わせる。ポイントになるのは損失の許容できる限度額の設定と地域商品としてのブランド化だ。やってきた観光客が農場での経験価値を高め、満足し、繰り返し、農場に来るようになる。そのためにはどうしたらいいか。そのあたりまで考えてから、自転車に乗ってログハウスのオフィスに向かった。

伊東さんは8時前に来ていた。ログハウスの前の森を見ていた。

朝の挨拶を交わした後、俊介は2人分のコーヒーを入れてログハウスの前のテラスのテーブルに運んだ。

伊東さん「ありがとうございます。ところで野崎さん。昨日の打ち合わせの後、実はスーパーフード農園での栽培作業、収穫した後の料理づくりをこのプロジェクトの特長にできないかと考えていたんです。実は私の家内は管理栄養士でして、前からスーパーフードのメニューづくりに取り組んでいます」

俊介は答えた。「それはいいですね。私はあの後、伊東さんのスーパーフード農場を観光資源にできないかと考えていました」

2人はミーティングルームに戻り、打ち合わせを始めた。今日はシート7と8の検討だ。事業の売上・収益計画のためのループ図を徹底的に検討した。売上・利益とも6割は安定購入先で何とか固めたい。可能性のある安定得意先のリストづくりを行った。そして残りの4割は観光資源として農場を位置付けた場合の売上・収益となる。最後のシート8の地域ブランド化のために一番大事なことは農場体験をした観光客の経験価値だ。観光客がその価値を友人、知人に話してくれる。そして再訪する。そんな形でスーパーフード農場のファン、さらにはサポーターになってくれればスーパーフード農場のブランド化は自然な形で進んでいく。問題はどのようにしてスーパーフード農場での体験価値を高めていくかだ。伊東さんから体験価値については奥さんとも話し合いたいとのことだった。

その内容については今週の金曜日までに伝えてもらうことにした。

 

3日間にわたる俊介と伊東さんとの打ち合わせはこれで終わった。一杯やるのは金曜日にして、俊介と伊東さんはログハウスの前で別れた。俊介は自転車で竹細工でいろいろなものを作っている工房を訪問して、竹細工の作り方を見せてもらった。ここの竹細工は有名で特に江戸時代には名産として江戸でも売られていたとのことだった。そこに夕方までいて、夕暮れが迫る頃、民宿に戻った。

既に夕食の時間になっていた。食堂に行くと、若い女性が3人、食事をしていた。楽しそうに話合っている。食卓に花が置いてあり、それを摘まんで食べている。俊介は声を掛けた。

俊介「伺ってもいいですか。花を食べていますが、それは食べられるんですか」

3人の中の年長らしき女性が答える。

「食べられます。最近人気が出てきているエディブルフラワー、っていうんです。

季節ごとにいろんなエディブルフラワーが咲きます。それを食卓に添えると、なんとなく華やかになるんです。ここの町にはエディブルフラワー・ガーデンが

あって、私たちは季節毎にここに来て、楽しんでま~す。」

夕食はカツカレーだった。味噌汁とサラダ。カレーの辛さがちょうどいい。食べ終わった後、自分の部屋に戻った。少し横になっているうちに眠ってしまった。

ご主人の大森さんに聞いたら、今晩は男の客は俊介だけなので、男湯には午後10時迄ならいつでもOKとのことだった。9時半に風呂に入り、日記を書いて、3日目の晩は午後10時半に布団に横になった。

 

木曜日。

翌朝、朝食後少し早かったが7時15分頃民宿を出て、いつものように自転車でログハウスのオフィスに向かった。管理スタッフは来ていて部屋の掃除をしていた。

俊介は自分に気合をかけるように、思わず言った。「さあ、今日は集中して頑張ろう。今自分にできる最高の企画書をつくりあげよう。伊東さんのためにも、そして自分のためにも。・・・こんな気持ちになったのは初めてだな」

オフイスの窓の向こうには森が見える。

俊介は無心に企画書づくりに取り組んだ。ワクワクしながらシート1から8迄の余白に貼られたポストイットを見ながら、それぞれのシートの内容をまとめていった。何か上の方からインスピレーションが流れてくるようなちょっと不思議な感じもした。

テラスで出前の昼食を森から吹いてくる心地よい風に吹かれながらとった。昼食の後、3時迄シート1から8迄の内容をB4 1枚に箇条書きにした。これで今日の仕事は終了。自転車で民宿に戻り、民宿の建物の後に迫っている山の峠のところまで登ることにした。ワ―ケーション・コーディネイターの高梨さんが一緒だ。大体2時間の予定。

登山口らしきところから登っていく。木の根が地上部に露出しているところがあり、気をつけないと躓きかねない。高梨さんは時々立ち止まって声を掛けてくれる。切り株のあるところに腰かけて一息いれる。

高梨さん「フィンランドにいた時にも山登りをしました。向こうは殆ど針葉樹林です。ちょっと単調ですね。それに比べ日本の、このあたりの山には広葉樹林の場所もあります。木の実が多いためか、サル、リス、タヌキなどがいます。私はフィンランドに行って、そして改めて日本の山村を考えた時、「里山」はいいなと思いました。人が田畑を耕しながら、山の恵みにも預かる。今テレビでポツンと一軒家という番組がありますが、日本人は里山で動物たちと共生しながら生きてきたんだと改めて気付かされました。日本の童話にはそんな話が多いですよね。そこが日本人の本当の故郷ではないか、と最近思い始めているところです。

 

峠についた。視界が開けている。富士川の流れ。その両脇に点在している建物。

俊介は風景にしばらく見とれていた。峠の切り株のあるところでポットのコーヒーを飲みながら、俊介は日本の自然の中で生きるとは、どんなことなのか思いを巡らしていた。以前俊介は取材のためにマレーシアに行ったことがあった。

南洋地方には乾季と雨季があるが、台風はない。ということで自然の脅威を感じる機会はそれほど多くはない。それに引き換え、日本は毎年台風が来て大きな被害をもたらす。地震も多い。また時に火山が爆発する。日本人ほど自然の恵みと

同時に自然の恐ろしさを感じている民族はいないのでないか。そして自然を恨まないでそのまま受けとめている。そんな気付きを俊介は高梨さんに伝えた。

 

金曜日。

この日も昨日と同じように7時15分に民宿を出て、8時前にログハウスのオフィスに入った。ミーティングが空いている。俊介は今迄まとめた内容を、リハーサルの形でおさらいすることにした。

まず会社の上司、同僚向けに。図を使いながら約1時間、仮想のプレゼンをした。ログハウスのスタッフが「だれか来られたんですか?」と部屋にやってきたが事情を説明した。ポイントはこの事業が会社のイメージアップに役立ち、継続的な経済的利益をもたらす、というところに置いた。

次はパートナー向けに。主に大企業が対象になる。SDGsに具体的に貢献することになり、社員のモラールアップに役立ち、ひいては株価にも好影響を与える。それぞれ出てきそうな質問、疑問も想定して答えた。

午後3時には終えることができた。

 

午後4時頃までログハウスのテラスでパソコンから流れる音楽を聞いていた。

伊東さんが来たので、ミーティングルームに戻り、伊東さんにプレゼンをした。

伊東さんは笑顔で言った。「最高の企画書ができましたね。後は実行あるのみ。」伊東さんは奥さんの提案を持ってきてくれた。

その晩、2人はちょっとお洒落な町のイタリアンレストランで食事をし、ワインで祝杯を上げた。

民宿に戻ったのは9時。風呂に入り、日記を書き、東京の奥さんにメールを送った。「今回のミッションは無事完了した。明日午後3時頃帰宅します」

 

土曜日。

民宿での朝食後、町を散歩している俊介の姿があった。

                              (了)

 

第二の故郷物語 第2話 「もっと笑顔を!」

幸子は2人の子供の母親だ。5歳の男の子と3歳の女の子がいる。夫は仕事の関係で四国の徳島に単身赴任中。家に帰ってくるのは月末の土日だけだ。山間部を流れる川の鉄橋工事の現場責任者として1年前から徳島に行っている。橋の工事が全部終わる迄2年間かかる。電話で話は毎日のようにするけれど、やはりそばに居てくれないのは寂しい。

ある日、そんな気持ちを友人の恵子に伝えた。

「今日はゆっくりお茶でも飲もうか」という恵子に案内されて家の近くの商店街にあるカフェに入った。中に入ると古民家風。檜の香りもする。お洒落なデザインのテーブル、椅子が置かれている。

店の壁にディスプレイが設置されていて映像を小さな声のナレーション付きで流している。壁には「第二の故郷」東京ハウス 十条銀座店と書かれたポスターが貼られている。

 

幸子「なんか、とってもいい感じ。最近できた店でしょ?」

恵子「そうなの。前は洋品店だったんだけどやっていけなくなって息子さん夫婦が店の1階をカフェにして2階、3階は宿泊施設にしたんだって」

幸子「恵子、壁に「第二の故郷」ってポスターが貼ってあるけど、あれって何?」

恵子「都会で生活し、仕事をしている人達が地方に行って民宿とか民泊にゆっくり滞在してリラックスしたり、里山を散歩したり、地元の人達と一緒に食事をしたり、農作業を見学したり、ちょっと手伝ったり…という感じの滞在プログラムと言ったらいいかしら。自然の中で自分を見つめ直したり、家族とゆっくりコミュニケーションの時を持ったり、自分のこれからの「心の故郷」のために何かをしたり、という感じかな。地元の人達のためにどうしたらお役に立てるかも考える、そんな今迄にない経験をさせてくれるわ。滞在費用もリーズナブルよ。勿論子連れ大歓迎。」

幸子「いいな~。行ってみたい」

恵子「実は先月、行ってきたの。とても楽しかった。一番うれしかったのは今迄になく元気になれたこと。幸子も行ってみたら。このカフェの店長さんが説明してくれるから。齋藤さんっていうの」

店長の斎藤さんが詳しく説明してくれた。「第二の故郷」は会員制の団体で今回は初めてなので仮登録をして、実際に行ってみて良かったら次回正式に登録して会員になってください、とのことだった。現地では「地域コミュニケーター」という人が滞在プログラムをこちらの希望を聞きながら立ててくれるとのこと。滞在期間中、もし病気になったら地元の病院にも案内してくれるというから安心だ。

幸子は「第二の故郷」のホームページで再確認して、思い切って「第二の故郷」の候補地の山梨県の南部の町に行くことにした。子供2人を連れて土曜日の午前中に北区十条のマンションを出て、新宿から甲府を経由、身延線の内船駅に向かった。内船駅には「地域コミュニケーター」の山本さんが車で出迎えに来ていた。私たちの顔を見るなり、手を振って笑顔で迎えてくれた。

 

両側に山が迫っている道を走り、15分ぐらいで民宿に着いた。「山中荘」という大きな看板が掛かっている。玄関を入ると民宿のご主人、奥さん、息子さん、お婆さん、それに地域の人1人が迎えてくれた。時間は午後4時を過ぎていた。

民宿のレストランで「地域コミュニケーター」の山本さんが今晩から明日までの予定を説明してくれた。希望通りの内容だ。奥さんがこれから泊まる2階の部屋に案内してくれた。檜の香りがする部屋。窓を開けると畑が広がっている。

夕食前に川沿いの道を散歩。地域コミュニケーターの山本さんが一緒に歩いてくれる。風が気持ちいい。

6時半から夕食。席についてびっくりしたのは地域の人3人、皆若い人だ。男性1人に女性2人。地域のコミュニティクラブのメンバーとのこと。地域コミュニケーターの山本さん、それに民宿のお婆さんも一緒だった。一緒に夕食。いつもは親子3人で食事をしているのでちょっと戸惑ったが、やはり食事は賑やかな方がいい。

お婆さんは笑顔で言う。「今日は地域の人の持ち寄りの野菜も使って地元の名物料理、イノシシ鍋さ。イノシシをたんと食べて力をつけてくだされ」

夕食の後、お婆さんがこの地に伝わる民話の一つを語ってくれた。「笑う母さん山」という話だった。・・・母を病気で亡くした娘が家事の合間に野原に出て、山を見上げると、温かい風が吹いてきて木々がワサワサと音を立て、山が揺れたような感じがした。その時、山の方から声がした。「寂しい時こそ笑うのよ、悲しい時こそ笑うのよ、笑って笑って生きるのよ」・・・。また地域の人3人がそれぞれ自分の持ってきたものについて話してくれた。ショウガ、ゴボウ、えごま。この土地でずっと栽培されている農産物とのことだった。

9時、子供達も眠くなってきた。民宿の温泉に家族3人で入る。広い風呂場で子供達がはしゃいでいる。

幸子は思った。「今晩は子供達もぐっすり眠れるわ。そして私も」

                   *

翌朝、幸子は自然と目が覚めた。子供達はまだスヤスヤと寝ている。2階の部屋の窓をそっと開けた。思わず声を上げそうになった。真っ青な青空。浮かぶ白い雲。「空ってこんなに大きかったんだ~」。

幸子は昨晩、お婆さんが語ってくれた民話を思い出した。「朝の空が私に向かって笑ってくれているみたい。」

 

幸子は改めて笑顔について考えさせられた。毎日の忙しい生活の中で、私は自然な笑顔を忘れてしまっているのかもしれない。そして声をたてて笑うことも・・・。子供達が目を覚ましたら、今朝は笑顔で「おはよう」と言ってあげよう。

今日は昨晩来て、一緒に食事をした地域の3人の畑を順番に見て回る予定だ。地域コミュニケーターの山本さんが案内してくれる。お昼は民宿に戻ってきて、バーベキュー。きっと子供達も喜んでくれるだろう。民宿の息子さんも一緒の昼食だ。そして夕方内船の駅に向かう。今回は短い滞在だけど、自然の中にいると笑顔になれることを私なりに知ることができた。徳島にいる主人もそんな経験をしているのかしら。

「第二の故郷」では他にも地元の人達との交流プログラムをいろいろ用意しているとのこと。今度は主人と一緒に来たい。そして帰宅したら「第二の故郷」のことを教えてくれた恵子に会ってお礼もしなくちゃ」

幸子はもう一度大空を見上げて、ウーンと深呼吸した。

            (完) 

第二の故郷物語 第1話 「足を地につけて生きる」

社内がざわついている。バブル時代に入社した50歳以上の社員を対象に大規模なリストラが実施されるという。会社の業績は好調なので、まさかリストラはないと大方の社員は思っていたが、会社のトップの考えは甘くなかった。

50歳を過ぎた中橋次郎は心穏やかではなかった。入社して以来、ずっと営業マンとして働いてきた。夜の付き合いもあり、帰宅時間は遅くなりがちで、夕食を家で食べるのは午後10時以降が多かった。気になっていたのは定年退職後の仕事のことだった。以前から何か資格を取りたいと思っていたが、勉強時間がなかなかとれない。仕事は食品工場向けの製造機械の販売だった。ツブシの効く仕事ではない。

妻の直子がある晩、夕食の時、心配顔で次郎に言った。

直子「今日テレビで放送していたけど、バブル時代に入社した人たちのリストラがいろんな会社で始まっているんだって。あなたの会社、大丈夫?」

次郎「実は今会社の中でリストラの噂が流れている。ひょっとするとオレも対象になるかもしれない。53歳でリストラかぁ。」

直子「リストラされたらどうするの?ウチはまだまだおカネがかかるのよ。住宅ローンもあるし・・・」

次郎は2年前から営業開発部に所属し、役職は課長だが、部下のいない課長だ。顧客との長い関係もあり、そう簡単にはリストラされるとは思っていなかったが、会社は今迄のような「足の営業」をやめてITを使った営業に転換させるという話が次郎の耳にも入ってきた。

そんな時、会社の人事部から研修についての通知が各部に配布された。営業開発部長が判を押した通知が営業から戻ってきた次郎のデスクに置いてあった。読んでみると来月千葉県いすみ市のサテライトオフィスで研修があるとのことだった。研修を担当しているのは「第二の故郷」という一般社団法人で、研修期間は1週間。全部で研修項目は5つ。研修は午前中、午後は自由、土日は午前、午後とも自由。日曜日の昼食を食べて終了、となっている。自由時間の過ごし方の案内も添付されていた。農作業への参加もある。

農作業への参加、地元の人達との交流は「地域コミュニケータ」が担当しているとのこと。

宿泊は民宿。今回の募集人員は15名。対象は50歳以上55歳まで。

研修は以下のような構成になっていた。それぞれ専門の講師が出張して担当している。

  • マインドフルネス
  • 共感能力の形成
  • チームビルディング
  • メンタルレジリエンス

帰宅後、次郎は直子に研修に参加するので、1週間家を空けると話した。

直子「それってリストラ候補者向けの研修会じゃない?」

次郎「多分そうだろう。会社はそうかもしれないけど、オレは自分の長いサラリーマン生活を見直し、区切りをつけるために参加しようと思っている」

直子「あなたがそういう気持ちなら私はとめないけど、なんか心配だわ」

次郎「ありがとう。いずれこういう時期が来るとは感じていたんだ」

2週間後朝7時頃、次郎はいすみ市役所近くの川の土手を歩いていた。研修のための宿舎は大原駅近くにある民宿だ。古民家を改修したもので、1人1部屋。今回の参加者は全部で15名なので、3軒の民宿に分宿した。朝食は午前8時。研修会場はオープンカフェのような施設だ。大きな窓からそよ風が入り気持ちいい。

研修は午前9時に始まり、12時に終わる。午後は独りで過ごしてもいいし、講師が3時迄いるので講師と話してもいいし、またグループを作って話し合ってもいい。

次郎は研修1日目は独りで市役所の近くの竹林の多い里山のような場所をゆっくり歩き回った。2日目は研修の後、席が隣同士だった参加者の山上さんと研修施設のカフェで共感能力について話し合った。山上さんは海外関係の仕事をしている。同じ会社だが面識はなかった。

次郎「共感は相手が感じている気持ちを自分のことのように感じることだ、と講師の先生は言ってましたが、われわれが営業で相手のニーズ、ウオンツを嗅ぎ分けるのとどこか共通するところがあるんじゃないでしょうか」

山上「そうかもしれませんね。ただ私なりの理解は営業の場合は話すことが中心になりますが共感の場合は聞くことが中心になるのではないでしょうか。そして共感の場合は同じ価値観、目標を自分事として受け止め、チームの一員として、モチベーションを高めていく、ということもありそうです。今後は後者の共感も重要になるのではと私は思っています。」

次郎は山上が真剣に共感形成について考えていることに気付き、それ以降はもっぱら聞き役に回った。

今日は3日目。メンタルレジリエンスの研修。挫折、失敗に直面してもめげずに前に進んでいくにはどうしたらいいか、がテーマとのことだ。

早朝の川の土手から山に向かって畑が広がっている。手前はダイコン畑。その先にビニールハウスがある。少し坂を上ってハウスのところに行ってみた。

「そうか、ハウスの中ではイチゴが栽培されている。イチゴは温度管理をすれば晩秋になっても実を付け、収穫できるんだ。」

次郎は今来た道を戻りながらダイコンをもう一度見た。その瞬間気付いたことがある。それは次郎には思ってみなかった気付きだった。

次郎は小さく叫んでいた。

「おれはそれなりに大きな会社で栽培されたイチゴだったんだ。温室育ちの、なんやかんや言っても会社によって守られていた存在だったんだ。ところがダイコンはどうだ。山の吹きおろしの斜面で雨風にあたりながら生きている。大地と空の間で背筋をピンと伸ばして生きている。」

次郎は思わずダイコンに言った。

「成功するか、失敗するかは二の次だ。オレも大地にしっかり足をつけて歩いていきたい」

次郎は帰宅後、直子に伝えた。

「いすみ市はいいところだ。気候もいいし、食べ物もうまい。俺たちの第二の故郷にしたい、そんな気持ちになったよ。」 直子は次郎の久しぶりの笑顔に思わずでかかった言葉を飲み込んだ。

                                   (完)