「第二の故郷」第2話 「もっと笑顔を!」

幸子は2人の子供の母親だ。5歳の男の子と3歳の女の子がいる。夫は仕事の関係で四国の徳島に単身赴任中。家に帰ってくるのは月末の土日だけだ。山間部を流れる川の鉄橋工事の現場責任者として1年前から徳島に行っている。橋の工事が全部終わる迄2年間かかる。電話で話は毎日のようにするけれど、やはりそばに居てくれないのは寂しい。

ある日、そんな気持ちを友人の恵子に伝えた。

「今日はゆっくりお茶でも飲もうか」という恵子に案内されて家の近くの商店街にあるカフェに入った。中に入ると古民家風。檜の香りもする。お洒落なデザインのテーブル、椅子が置かれている。

店の壁にディスプレイが設置されていて映像を小さな声のナレーション付きで流している。壁には「第二の故郷」東京ハウス 十条銀座店と書かれたポスターが貼られている。

 

幸子「なんか、とってもいい感じ。最近できた店でしょ?」

恵子「そうなの。前は洋品店だったんだけどやっていけなくなって息子さん夫婦が店の1階をカフェにして2階、3階は宿泊施設にしたんだって」

幸子「恵子、壁に「第二の故郷」ってポスターが貼ってあるけど、あれって何?」

恵子「都会で生活し、仕事をしている人達が地方に行って民宿とか民泊にゆっくり滞在してリラックスしたり、里山を散歩したり、地元の人達と一緒に食事をしたり、農作業を見学したり、ちょっと手伝ったり…という感じの滞在プログラムと言ったらいいかしら。自然の中で自分を見つめ直したり、家族とゆっくりコミュニケーションの時を持ったり、自分のこれからの「心の故郷」のために何かをしたり、という感じかな。地元の人達のためにどうしたらお役に立てるかも考える、そんな今迄にない経験をさせてくれるわ。滞在費用もリーズナブルよ。勿論子連れ大歓迎。」

幸子「いいな~。行ってみたい」

恵子「実は先月、行ってきたの。とても楽しかった。一番うれしかったのは今迄になく元気になれたこと。幸子も行ってみたら。このカフェの店長さんが説明してくれるから。齋藤さんっていうの」

店長の斎藤さんが詳しく説明してくれた。「第二の故郷」は会員制の団体で今回は初めてなので仮登録をして、実際に行ってみて良かったら次回正式に登録して会員になってください、とのことだった。現地では「地域コミュニケーター」という人が滞在プログラムをこちらの希望を聞きながら立ててくれるとのこと。滞在期間中、もし病気になったら地元の病院にも案内してくれるというから安心だ。

幸子は「第二の故郷」のホームページで再確認して、思い切って「第二の故郷」の候補地の山梨県の南部の町に行くことにした。子供2人を連れて土曜日の午前中に北区十条のマンションを出て、新宿から甲府を経由、身延線の内船駅に向かった。内船駅には「地域コミュニケーター」の山本さんが車で出迎えに来ていた。私たちの顔を見るなり、手を振って笑顔で迎えてくれた。

 

両側に山が迫っている道を走り、15分ぐらいで民宿に着いた。「山中荘」という大きな看板が掛かっている。玄関を入ると民宿のご主人、奥さん、息子さん、お婆さん、それに地域の人1人が迎えてくれた。時間は午後4時を過ぎていた。

民宿のレストランで「地域コミュニケーター」の山本さんが今晩から明日までの予定を説明してくれた。希望通りの内容だ。奥さんがこれから泊まる2階の部屋に案内してくれた。檜の香りがする部屋。窓を開けると畑が広がっている。

夕食前に川沿いの道を散歩。地域コミュニケーターの山本さんが一緒に歩いてくれる。風が気持ちいい。

6時半から夕食。席についてびっくりしたのは地域の人3人、皆若い人だ。男性1人に女性2人。地域のコミュニティクラブのメンバーとのこと。地域コミュニケーターの山本さん、それに民宿のお婆さんも一緒だった。一緒に夕食。いつもは親子3人で食事をしているのでちょっと戸惑ったが、やはり食事は賑やかな方がいい。

お婆さんは笑顔で言う。「今日は地域の人の持ち寄りの野菜も使って地元の名物料理、イノシシ鍋さ。イノシシをたんと食べて力をつけてくだされ」

夕食の後、お婆さんがこの地に伝わる民話の一つを語ってくれた。「笑う母さん山」という話だった。・・・母を病気で亡くした娘が家事の合間に野原に出て、山を見上げると、温かい風が吹いてきて木々がワサワサと音を立て、山が揺れたような感じがした。その時、山の方から声がした。「寂しい時こそ笑うのよ、悲しい時こそ笑うのよ、笑って笑って生きるのよ」・・・。また地域の人3人がそれぞれ自分の持ってきたものについて話してくれた。ショウガ、ゴボウ、えごま。この土地でずっと栽培されている農産物とのことだった。

9時、子供達も眠くなってきた。民宿の温泉に家族3人で入る。広い風呂場で子供達がはしゃいでいる。

幸子は思った。「今晩は子供達もぐっすり眠れるわ。そして私も」

                   *

翌朝、幸子は自然と目が覚めた。子供達はまだスヤスヤと寝ている。2階の部屋の窓をそっと開けた。思わず声を上げそうになった。真っ青な青空。浮かぶ白い雲。「空ってこんなに大きかったんだ~」。

幸子は昨晩、お婆さんが語ってくれた民話を思い出した。「朝の空が私に向かって笑ってくれているみたい。」

 

幸子は改めて笑顔について考えさせられた。毎日の忙しい生活の中で、私は自然な笑顔を忘れてしまっているのかもしれない。そして声をたてて笑うことも・・・。子供達が目を覚ましたら、今朝は笑顔で「おはよう」と言ってあげよう。

今日は昨晩来て、一緒に食事をした地域の3人の畑を順番に見て回る予定だ。地域コミュニケーターの山本さんが案内してくれる。お昼は民宿に戻ってきて、バーベキュー。きっと子供達も喜んでくれるだろう。民宿の息子さんも一緒の昼食だ。そして夕方内船の駅に向かう。今回は短い滞在だけど、自然の中にいると笑顔になれることを私なりに知ることができた。徳島にいる主人もそんな経験をしているのかしら。

「第二の故郷」では他にも地元の人達との交流プログラムをいろいろ用意しているとのこと。今度は主人と一緒に来たい。そして帰宅したら「第二の故郷」のことを教えてくれた恵子に会ってお礼もしなくちゃ」

幸子はもう一度大空を見上げて、ウーンと深呼吸した。

            (完) 

「第二の故郷」第1話「足を地につけて生きる」

社内がざわついている。バブル時代に入社した50歳以上の社員を対象に大規模なリストラが実施されるという。会社の業績は好調なので、まさかリストラはないと大方の社員は思っていたが、会社のトップの考えは甘くなかった。

50歳を過ぎた中橋次郎は心穏やかではなかった。入社して以来、ずっと営業マンとして働いてきた。夜の付き合いもあり、帰宅時間は遅くなりがちで、夕食を家で食べるのは午後10時以降が多かった。気になっていたのは定年退職後の仕事のことだった。以前から何か資格を取りたいと思っていたが、勉強時間がなかなかとれない。仕事は食品工場向けの製造機械の販売だった。ツブシの効く仕事ではない。

妻の直子がある晩、夕食の時、心配顔で次郎に言った。

直子「今日テレビで放送していたけど、バブル時代に入社した人たちのリストラがいろんな会社で始まっているんだって。あなたの会社、大丈夫?」

次郎「実は今会社の中でリストラの噂が流れている。ひょっとするとオレも対象になるかもしれない。53歳でリストラかぁ。」

直子「リストラされたらどうするの?ウチはまだまだおカネがかかるのよ。住宅ローンもあるし・・・」

次郎は2年前から営業開発部に所属し、役職は課長だが、部下のいない課長だ。顧客との長い関係もあり、そう簡単にはリストラされるとは思っていなかったが、会社は今迄のような「足の営業」をやめてITを使った営業に転換させるという話が次郎の耳にも入ってきた。

そんな時、会社の人事部から研修についての通知が各部に配布された。営業開発部長が判を押した通知が営業から戻ってきた次郎のデスクに置いてあった。読んでみると来月千葉県いすみ市のサテライトオフィスで研修があるとのことだった。研修を担当しているのは「第二の故郷」という一般社団法人で、研修期間は1週間。全部で研修項目は5つ。研修は午前中、午後は自由、土日は午前、午後とも自由。日曜日の昼食を食べて終了、となっている。自由時間の過ごし方の案内も添付されていた。農作業への参加もある。

農作業への参加、地元の人達との交流は「地域コミュニケータ」が担当しているとのこと。

宿泊は民宿。今回の募集人員は15名。対象は50歳以上55歳まで。

研修は以下のような構成になっていた。それぞれ専門の講師が出張して担当している。

  • マインドフルネス
  • 共感能力の形成
  • チームビルディング
  • メンタルレジリエンス

帰宅後、次郎は直子に研修に参加するので、1週間家を空けると話した。

直子「それってリストラ候補者向けの研修会じゃない?」

次郎「多分そうだろう。会社はそうかもしれないけど、オレは自分の長いサラリーマン生活を見直し、区切りをつけるために参加しようと思っている」

直子「あなたがそういう気持ちなら私はとめないけど、なんか心配だわ」

次郎「ありがとう。いずれこういう時期が来るとは感じていたんだ」

2週間後朝7時頃、次郎はいすみ市役所近くの川の土手を歩いていた。研修のための宿舎は大原駅近くにある民宿だ。古民家を改修したもので、1人1部屋。今回の参加者は全部で15名なので、3軒の民宿に分宿した。朝食は午前8時。研修会場はオープンカフェのような施設だ。大きな窓からそよ風が入り気持ちいい。

研修は午前9時に始まり、12時に終わる。午後は独りで過ごしてもいいし、講師が3時迄いるので講師と話してもいいし、またグループを作って話し合ってもいい。

次郎は研修1日目は独りで市役所の近くの竹林の多い里山のような場所をゆっくり歩き回った。2日目は研修の後、席が隣同士だった参加者の山上さんと研修施設のカフェで共感能力について話し合った。山上さんは海外関係の仕事をしている。同じ会社だが面識はなかった。

次郎「共感は相手が感じている気持ちを自分のことのように感じることだ、と講師の先生は言ってましたが、われわれが営業で相手のニーズ、ウオンツを嗅ぎ分けるのとどこか共通するところがあるんじゃないでしょうか」

山上「そうかもしれませんね。ただ私なりの理解は営業の場合は話すことが中心になりますが共感の場合は聞くことが中心になるのではないでしょうか。そして共感の場合は同じ価値観、目標を自分事として受け止め、チームの一員として、モチベーションを高めていく、ということもありそうです。今後は後者の共感も重要になるのではと私は思っています。」

次郎は山上が真剣に共感形成について考えていることに気付き、それ以降はもっぱら聞き役に回った。

今日は3日目。メンタルレジリエンスの研修。挫折、失敗に直面してもめげずに前に進んでいくにはどうしたらいいか、がテーマとのことだ。

早朝の川の土手から山に向かって畑が広がっている。手前はダイコン畑。その先にビニールハウスがある。少し坂を上ってハウスのところに行ってみた。

「そうか、ハウスの中ではイチゴが栽培されている。イチゴは温度管理をすれば晩秋になっても実を付け、収穫できるんだ。」

次郎は今来た道を戻りながらダイコンをもう一度見た。その瞬間気付いたことがある。それは次郎には思ってみなかった気付きだった。

次郎は小さく叫んでいた。

「おれはそれなりに大きな会社で栽培されたイチゴだったんだ。温室育ちの、なんやかんや言っても会社によって守られていた存在だったんだ。ところがダイコンはどうだ。山の吹きおろしの斜面で雨風にあたりながら生きている。大地と空の間で背筋をピンと伸ばして生きている。」

次郎は思わずダイコンに言った。

「成功するか、失敗するかは二の次だ。オレも大地にしっかり足をつけて歩いていきたい」

次郎は帰宅後、直子に伝えた。

「いすみ市はいいところだ。気候もいいし、食べ物もうまい。俺たちの第二の故郷にしたい、そんな気持ちになったよ。」 直子は次郎の久しぶりの笑顔に思わずでかかった言葉を飲み込んだ。

                                   (完)