「自分史」の時代を迎えて

 

立花隆氏が「自分史の書き方」という本を出した。日本経済新聞の広告によれば、自分の人生がなんだったのかを知りたければ「まず自分史を書きなさい」ということである、とある。以前も自分史ブームがあった。私の本棚にも何人かの方の自分史の本がある。ただ私には素朴な疑問があった。自分の人生の意味を知ることが目的であれば、わざわざお金をかけて出版する必要があるのだろうか、ということだった。もちろん自分が親しくしていた人の人生なので関心がある。「ああ、そういうことだったのだ」と分かることもあるし、日頃のお付き合いでは知らなかったことを知る機会にもなる。もちろん記録を残すことは大事なことだ。私自身毎日日記をつけているが、それは私自身のためであって、家族には私が死んだら全部焼却してほしいと伝えている。日記には毎日の行動記録の他に、自分が感じたこと、思っていることがありのままに書かれている。それは自分をいわば客観化するための手段であり、記録としてよりも書くこと自体に意味があると考えている。さて、私の場合の自分史であるが、私は通常の自分史を書く予定はないが、現在書いている時代小説「欅風」は私の自分史ではないかと思っている。またこれから書こうとしている「屋上菜園物語」ももう一つの自分史になるのではないかと思っている。自分が生きた時代、自分が経験した失敗と挫折、喜びと悲しみは他者(登場人物)に仮託することによって、かえって率直に書くことができる。そんな気持ちで欅風を書いている。また自分が屋上菜園活動をしながら思ったこと、考えたこと、出遭った人達を題材とした屋上菜園物語を書こうとしている。新聞の広告には「2014年「自分史」がブームに!」とある。いろいろなタイプの自分史が書かれるのではないだろうか。