なぜ私は演歌を聞くのか

昨晩は畑の腐葉土切り返し作業で、肉体労働をした。それほど疲れたとは感じていなかったが、夕食後、疲れがドッと出て、早々に風呂に入り、フトンにもぐりこんだ。とは言ってもすぐ眠れるわけではなく、I-Padを枕元においてYOU TUBEで演歌を聞いた。最初は森進一の「恋月夜」「新宿港町」。この2曲ですっと演歌の世界に入っていった。それからは若山彰の「喜びも悲しみも幾年月」を3回。以前あるところで「灯台守」だった人の手記を読んだことがあり、バッチリ感情移入した。最後に霧島昇の「誰か故郷を思わざる」。プロジェクトで行ったボルネオの、ジャングルの中の食堂で、南十字星を見ながらこの歌を歌った時、思わず号泣してしまったことを思い出す。

故郷は場所だけではない。昭和のあの頃が私にとっての「故郷」なのだと思う。そして若き父や母の面影。住んでいた家。毎日の暮し・・・。私の中の記憶と演歌が触れ合う時、私の心は故郷に帰っているのだ。

故郷の演歌を聞いていると涙が滲んでくる。演歌、それが私の心に寄り添ってくる時、

私は故郷にいる。「誰か故郷を思わざる」。