カズオ・イシグロの文学白熱教室を見て・文学の意味

NHKEテレでカズオ・イシグロの文学白熱教室を観た。イシグロ氏の本は今迄一冊も読んだことがなかったが、途中からイシグロ氏の話に引き込まれていった。文学は真実を追究するもので、真実に触れた時に感じたことを書くものであり、それを読者と共有するものである、というイシグロ氏の考えに共感を覚えた。イシグロ氏は真実に迫る際、メタファーの力を重要視している。この白熱教室を観た後、氏の著作「日の残り」と「忘れられた巨人」を是非読んでみたいと思わされた。

私が時代小説「欅風」を書きながら、思っていたこと、願っていたことは、勿論文学的レベルは全く違うのだが、真実に迫り、真実に触れることによって人間は感じ、また成長していくものだ、ということを読者と共有したいということだった。

限られた読者からだが、そのような応答を頂いたことは嬉しかった。現在時代考証もきちんとやって「欅風」の最終版を仕上げるべく作業中だ。

次回私が書く作品はイシグロ氏が示唆してくれた「メタファー」をベースにした作品だ。

構想が固まり次第、執筆に入りたいと思う。戦後70年の日本の歩みと老齢期に入った一人の男性のまだ見ぬ故郷に還るストーリーを考えている。