パリ在住のW画伯のこと

私の知人W画伯はパリに在住してから30年近くなる。今から10年前の2月末、フランスの農業祭を視察するためにパリを訪問した時、紹介してくださる方があって、W画伯と初めてお会いした。W画伯はフランス哲学の研究者・森有正の思想に共鳴している方だった。私も森有正の思想は自分の人生の導きの糸と思っていたので、暫く話しているうちに意気投合していった。そこで誠に勝手なお願いをして、森がパリに来てから住んだアパルトマンを最初から教えてもらった。二人でパリ市内を歩いた。最後はノートルダムが対岸に見えるセーヌ川のほとりのアパルトマン。そこで森は地上の人生を終えた。歩きながらW画伯と森の著作について話合った。というよりも自分がどのように理解しているかを伝え合った。同じような理解に達していることを知るとお互い少年のように喜んだ。

森有正は日本では既に忘れられた人かもしれない。私も森有正について、その著作について話合う友を日本では持っていない。

私には一人で行ってみたいところがあった。W画伯に相談して場所を教えてもらった。それは森がしばしば訪れたマビオン通りだ。日本人で製本を生業としている老人が住んでいた場所。森は地下1階にある老人の元をしばしば訪れていたとのことだ。マビオン通りのその場所と思しきところはレストランに変わっていた。

W画伯は現在日本に個展のために2週間程帰国している。個展が京都で開催されているのでお会いすることはできないが、送られたて個展案内には「=開花してゆく《時》を見つめて=」とある。案内のカードに印刷されている画のタイトルは「薔薇の咲く家」だ。彼の描く画の中で、陽の光は木々と、花々と触れ合いながら、地上に穏やかな光と影を落としていく。時が開くとは自分に還って行く、と同義かもしれない。

できれば来年でも、またパリの街を歩きながら、久しぶりにW画伯と人生の越し方行く末について話合いたいものだ。