マルクス主義について・人間解放の思想だったのか?
最近マルクス主義は廃れているようだ。本屋に行ってもマルクス主義関係の本は殆ど売
られていない。先日必要があって、「資本論」河出書房版と「経済学哲学草稿」岩波文庫版
を、本棚からほこりを払って取り出し、拾い読みした。沢山の傍線が引いてある。20歳
台の頃読んだ跡だ。「経済学哲学草稿」は何度か読んだが、「資本論」は何分大部の本で、
途中で傍線はなくなっていた。私の若い頃はマルクス主義が流行っていた。特に「経済学
哲学草稿」の疎外論については喫茶店で議論に明け暮れた。疎外回復の先にある「人間解
放」とは何かが知りたかった。一方私は経済学部の学生でもあったので「資本論」も読ん
だ。しかし難しくて早々にギブアップ。しかしその中で「商品の物神的性格とその秘密」
に惹かれた。この部分を更に知りたいと思っている時、何かの折りにハンガリーの哲学者
ジェルジ・ルカーチの「歴史と階級意識」に出会った。その書き出しは私にとって衝撃的
でさえあった。ルカーチの「物象化」理論は私の腑に落ちた。繰り返し、繰り返し読み、
考えた。この本がキッカケとなり、私はルカーチに関心を持つようになり、彼の著作集が
白水社から出版されたのを機会に殆どの著作を購入した。私が好きなのは「魂と形式」か
ら「小説の理論」「リアリズム論」あたりまでで、それ以降の著作は読んでいても気持がつ
いていかなかった。晩年の大著「美学」も購入して読み始めたが、読み通すことはできな
かった。美学の次は倫理学、その後に存在論を書くとの予定をルカーチは立てていたが、
その完成は叶わなかったようだ。
ルカーチが85歳の時、訪問した笹本駿二氏はこのようにルカーチの言葉を伝えている。
「今日の資本主義は19世紀の資本主義とは大きく変わっている。新しい資本主義を相手
として戦うためには、こちら側にも新しい理論がなくてはならない」
「ギリシャ人は神を設定し、ルネサンスの人達は人間を自覚し、マルクスに至って人間の
尊厳が確立された。本当のヒューマニズムはマルクスによってはじめて打ち立てられ、こ
こから人間解放の道が開かれた。人間の思想の頂点はここにあり、これを超えるものはな
い」
「学問をはじめて70年たって初めて何か書ける、という自覚に到達したようだ」
私はルカーチが亡くなった後、彼の研究室を訪れたことがある。29歳の時だった。ルカ
ーチが読んだ資本論には、スケールを使って引いたのだろう、沢山の傍線が引かれてあっ
た。また書き込みもあった。ルカーチと森有正、私の若い頃を導いてくれた二人の著作。
だからこそ、私は精神的に、思想的にやっとここまでこれたのかもしれない。紆余曲折の
遥かな道が見えるが途中で途切れているように見える。マルクス主義とは一体何だったの
か、人間解放が実現した世界とはどのようなものなのか。世界は現在分裂の傾向を強めて
いる。宗教も思想も普遍的価値を提示しえなくなっている。人類がそれぞれの地政的相違
を乗り越えて共有できる普遍的価値はあるのだろうか。ポストモダンの時代にはそれは望
むべくもないことなのだろうか。いや、きっとあると思いたい。