一番信頼してくれ、私のために諦めた人のために働く

私は誰のために働くのか、しかも生涯現役で。私自身の夢のため、私に与えられている潜在的能力を発揮するため・・・、と「私中心」のモチベーションがあることは確かだ。そして世の中を良くするため、というのもある。しかしそれだけだろうか、という思いがあったが、AIA、心のアドベンチャープログラムを開発したボブ・コンクリンのある話を読んで、自分の考えの浅さ、身勝手さを思い知らされた。こういう話だ。

現在大金持ちの人物が一生懸命働いている。彼はアルコール中毒で落ちるところまで落ちたが、奥さんは彼が立ち直ることを信じて支えてくれた。その信頼に応える形で彼は再起することができた。

「最初は、私に対する妻の信頼は間違いでないことを証明したいという願いにつき動かされました。そして自分がうまくやれることを証明したあとは、彼女が私のためにあきらめたものを、すべて取り戻してやりたいと思いました」

私自身、会社を自主廃業した後、いろいろな商品を手がけ、いろいろなことをやってきた。そして現在は屋上菜園ガーデン日本型ビジネスモデルのデザインをすることに生き甲斐を持って取り組んでいる。ここまで来れたのも日々の生活を支え、また励まし続けてくれた妻あってのこそだ。感謝の気持は当然あるが、その間、彼女が諦めてきたものには明確な意識が欠けていたのかもしれない。いや欠けていた。このアメリカの実業家は「私のためにあきらめたものを、すべて取り戻してやりたい」と思った。このすべて、というところに私は衝撃を受けた。そうだ、「すべて」なのだ。彼女に何を諦めたのか、聞いても全部は答えてはくれないだろう。それを想像することも感謝という行為の一つになるはずだ。