人生一歩先は分からない・だから生きられる

最近ふと思ったことだが、自分の人生がどのような人生か、あらかじめ脚本のようなものを渡されたらどうなるだろうか、と考えた。既に筋書きが決まっている人生を歩くとなった時、人は歩くことができるだろうか、前に進むことができるだろうか。私自身のことを考えると恐らく歩くことはできず、そのような脚本を書いた脚本家である神に対して文句を言うに違いない。たとえそれが世間的に「成功」の人生であったとしても。私達は将来のことは分からない、一歩先のことさえ分からないと言う。だから不安でもあると。しかし私は思う。だからこそ人は前に向って歩くことができると。人生は一歩一歩だ。歩いてみること、生きてみること、いつ人生が終るか分からないが、まず今日を生きてみること。

人生とは今ここ、つまり今日の連続なのだ。一日を生き切ること。今日一日だけを生き抜くこと。私の人生の中で最大の試練が3つあった。人生の危機だった。その試練を通じて私が悟ったことは「今日一日だけを生き切ること」だった。ある時は目前の問題だけを見て生きることが大事だ。それはいわゆる刹那主義ではない。私のような弱い人間でもそう思うことによって試練を乗り越えてきた。「今日を生きる」その意味が分かり、またある程度そのような生き方をすることができるようになってきたと感じる。そこにささやかな幸せを感じる。年齢が私に与えてくれた贈り物、ご褒美のような気がしないでもない。