今度ヨーロッパに行く時は

30歳になる前、私はヨーロッパに行った。今振り返ってみると自分の20代の清算だったのかもしれないと思う。20代、途中から会社勤めをしたが、自分の居場所が見つからなかった。会社で仕事をしていても、何で自分はここにいるんだろう、と思うことがしばしばあった。「青春時代は胸にトゲ刺すことばかり」。中途半端というトゲが抜けない状態が続いていた。中途半端のトゲを抜くために赴いたヨーロッパは、新たなトゲを自分に深く刺すことになる旅行となった。その痛みは痛みとして、私にとってヨーロッパは今でも「憧れのヨーロッパ」だ。濃霧の流れる夜、ブダペストの旧市街の石畳の道を一人歩いた。アテネからデルフォイにいく途中で見たアーモンドの花。パウロが立って証をしたアテネのアレオパゴスの丘。ベルグラードの市内の公園ではリスが木を登り降りしていた。プラハ、ミュンヘン、シュットトガルト、バーゼル、ストラスブルク・・・。40年前のことになるが、今でも鮮やかに思い出す。記憶とは不思議だ。今度ヨーロッパに行く機会があれば、まず第一にポルトガルを訪れてみたい。リスボン市内のファドレストランでファドを思う存分聞いて、それからロカ岬に行き、大西洋を眺める。そして内陸部のコインブラに行き、ポルトガルの田園風景を見る。それからパリに行き、地下鉄を乗り継ぎながら町をただただ歩く。ルイ・フィリップのモンパルナスのビュビュ、「チボー家の人々」のジャックのことも思い出しながら。最後はブダペストのヴェルシュマルティのカフェでチョコレートのケーキとコーヒー。もうそれで私の心の旅は充分だ。今迄の人生、何とか生きてきた自分へのささやかなご褒美。「生き方下手」な自分でも何とかここまで来れた。そんなふうに自分に言ってあげたいと思う。自分で自分の肩を叩きながら。