今日はとても楽しかった

一つの行為の終りをどのような言葉で締め括るかというのは意外と大事なことではないだろうか。例えば食事の後。ご飯、味噌汁、シャケ、梅干、納豆。日本人の食卓として、言ってみれば平凡だが、食べ終わってから何も言わずに食卓の席を立つ場合と「美味しかった」と言って食事を終える場合。「美味しかった」と言った時、「何が美味しかった」と聞かれる。この質問にはしっかり味わって食べていないと答えられない。

「シャケが美味しかった。脂がそれほどなくてちょうど良かった」

「いつもはチリ産のシャケなんだけど、ロシア産のシャケを買ってみたの。日本のシャケと似ているのよ」「そうなんだ」

農作業もそうかもしれない。今日は疲れたという場合と疲れたけどやるべきことも出来たし、秋風も気持ち良かったし、畑の菜園仲間も増えたし、とても楽しい農作業だったと言って畑を後にすることもできる。

人と会って雑談した後、「今日はとても楽しかったわ」と必ず言う人がいる。雑談の中で何か大切なことに気付いたのかもしれない。あるいは人と話すこと自体が嬉しいことなのかもしれない。特に齢をとってくるとそれが分る。

激しい議論が展開された会議の後、ファシリテーターのNさんが言った。「今日の会議はとてもいい会議でしたよ」。意見が分かれまとまらなかった会議だった。

会議の後、私はNさんにそっと聞いた。「今日の会議はとても良かったと言われましたが私にはそうは思えませんでしたが」

Nさんは言った。「今日の会議で皆さんがチームになっていくキッカケができました」