創作活動の原動力は?

時代小説「居眠り磐音 江戸双紙」を書いている佐伯 泰英さんの記事が8月19日日本経済新聞夕刊に載っていた。記事を読んでいて共感を覚えるところがあった。

佐伯氏は時代小説を書いて初めて「読者が見えた」と言っている。現代の人々が求める理想を氏は江戸時代の磐音に託した。磐音という人物像をつくりだしたところに成功の鍵があった。現代人がもし江戸時代にタイムスリップしたらどうだろうか。恐らく人権も、民主的法律もなく、また因習と経済的規制のある社会に耐え切れず、すぐに現代に戻ってくるのではないか。それにも拘わらずなぜ私達現代人は時代小説とその舞台になっている江戸時代に惹かれるのだろうか。私自身、時代小説「欅風」を書いている時、いつもどこかでそのことを考えていた。もう一つ、佐伯氏の執筆姿勢。「事前に計画は立てず、パソコンの前に座って「思いつき」で物語を紡ぐ。「着地点は頭の中にあるが、具体的にどういう物語になるか。こればっかりはやってみないとわかりません」。氏はパソコンを使い、横書きで執筆するとのこと。氏の執筆方法は私のそれと良く似ている。

最近私は、小説は「誰かに書かせてもらう」ものではないかと思っている。「誰かが誰なのか」は分からない。だが誰かが、それも多くの誰かが私のところにやってきて、私を通して小説を書いている。あるいは書こうとしている。パソコンの前で私は誰かと対話しながら「欅風」を書き続けた。

さて最後に20年前、50歳過ぎに編集者から廃業勧告を受けた佐伯氏はどのようにして「売れっ子」作家に転身を遂げることができたのか、ビジネスモデル的に分析しておきたい。

1.この転身は「生き残る」ためだった。稼がなければならない。氏は自分が書くものを作品ではなく「商品」と割り切った。売れてなんぼ、だと。

2.お客様にどのような価値を提供するか。優しき青年武士が、数々の事件に直面し、鮮やかに悪を切る痛快な楽しさ。現代人にとっては一服のストレス解消剤となる。

3.その価値をどのようにしてお客様に「届けやすくするか」。氏が選んだ方法は素早く安価に新作を発表する「文庫書き下ろし時代小説」。新作は通常新刊本として刊行され、

その後文庫化されるが、いきなり文庫というわけだ。文庫であれば簡単に持ち運びできるし、とにかく安価だ。

4.そして顧客の発見。氏はどのような読者が「居眠り磐音 江戸双紙」のコア読者かに言及していないが、私は30代~40代の中間管理職ではないかと思う。サッと読んでサッと楽しめる。喩えて言えば、藤沢周平、池波正太郎の世界よりももっと軽く、もっと身近なエンターテイメントの世界に住みたいという顧客を佐伯氏は見つけたのだと思う。

以上が累計1900万部をもたらしたのではないか。