御茶ノ水駅周辺の変貌

御茶ノ水に予備校があった。今でもあるが、建て替えられて高層ビルになっている。浪人時代、ここの予備校に通い、昼食は日本大学の学生食堂でとった。その時は精神的余裕がなく、予備校と自宅の間の往復ばかりでお茶の水の街を歩くということはなかったが、御茶ノ水界隈の雰囲気はなんとなく好きだった。学生の街、という感じだった。ところが最近それもここ10年ぐらいのことになるだろうか、次々と高層ビルが立ち並び、まるで丸の内のオフイス街のような趣きになってきた。昔通った予備校の場所と思しきところに立って当時のことを思い出そうとした。建物の高さ、概観、入り口の様子。暫く経っておぼろげだがやっと思い出すことができた。そして当時の自分の姿も。あれから50年以上が経っている。私も変り、街も変った。それは当然のことだ。しかし、人は一方で変らないものも求める。私の足はいつの間にかニコライ堂に向っていた。ハリトリス正教会の敷地の中に入り、ニコライ堂を見る。あの時と変っていない佇まい。

御茶ノ水でのミーティングの後、地下鉄丸の内線で帰る時、橋を渡った。古い橋。下を流れる神田川の水面が桜の花びらで覆われている。まさに花筏。橋を渡る人が立ち止まって見ている。今この時、この場所でしか見られない花筏だ。最近見たスーパープレゼンテーションで「幸せな人生を送るためには」のプレゼンテーターがその秘訣を「ちいさなサイコー(awesome)」を見つけることと言っていた。昔と変らないニコライ堂を見たこと、偶然花筏を見たこと、浪人時代通っていた予備校の前に立ち、若かりし頃の思い出に浸れたこと。それぞれが小さなサイコーだった。