日記を書きながら思うこと

日記を書くことの目的は自分との対話ではないかと最近改めて思わされている。穏やかで波風の少ない日々を送ろうと自分なりに努力してはいるが、時の心が揺れ動く自分を鎮め、落ち着かせるために日記を書いている自分がいる。いつも思うことだが書くというのは不思議な行為だ。書く前には頭に浮かんでいなかったことが出てくる。それはどこから出てくるのだろうか。飛躍するが、フランクルが言うような精神的無意識の世界から流れ出てくるのか。私は日記を書くことによって人生と仕事の危機を乗り切ってきた。今でも大事に保管している日記がある。それは10年以上前、会社を自主廃業した時の仕事日記だ。

1年半に及ぶ自主廃業の記録で、自主廃業を決断した日から完了した日迄毎日の出来事と自分が何を考え、何をしたかを書き続けた。書くことによって、自分と向き合うことによって崩れそうになる自分を支え続けた。さすがに一番苦しかった時期は何も書けずに空白のままで、目処がついた時から日記が再開している。

自主廃業後も日記を書き続けてきた。そして今思うのは日記を書きながら自分の人生の意味、日々の出来事の意味を求めてきた。

これからの私は日記を書き続けるだろう。まだ自分の人生の意味を探求し続けている。