暖かい社会と冷たい社会

あるフランスの社会学者がアフリカに行った時の体験を、人格医学を提唱した
ポール・トゥルニエが紹介している。(「生きる意味」)「アフリカには心から暖かく人々を受け入れてくれる社会があり、彼は、はじめて人間らしいものを感じて深く感動した。しかしフランスに帰るとそこに待ちうけていたものは『冷たい社会』であった」。何故冷たいと感じたか。それは「地下鉄で隣合わせに座っていても、お互い有ってなにがごとく、一人砂漠に放り出されたような心細さを感じた」からである。アフリカに行った社会学者はそこから以下のような見解を引き出した。
1.開発途上国はたしかに技術的には劣るかもしれないが、人間的にはわれわれよりも優れている
2.知性そのものは「冷たい」ものであり、それによって築かれた文明社会は必然的に「冷たい」ものにならざるをえない。
これに対し、トゥルニエはベルグソンの言葉を引用して、一つの解決策を示唆して
いる。「近代文明は合理的知性に基づいているが、合理的知性とは別に、人間には
直観というものがあり、直観の世界は豊かな生命の世界である。しかし、われわれ
の文明は、直観の面では貧弱である」。直観とは、ものの本質を、あるいは状況を
一瞬にして洞察する人間的力、と私は理解している。私が最初にこの世界に目を開
かれたのは加藤昭吉氏の「状況判断学のすすめ」(講談社 1977年)だった。
加藤氏は大成建設時代、工程管理の新しい手法「PERT」を提唱した、この分野
の第一人者であった。その後、「状況判断学のすすめ」は私のビジネスマン人生の
座右の書の一つになった。何度読み返したかわからないぐらいだ。ポール・トゥル
ニエには二元論的な考え方、世界観の乗り越えを終生のテーマとして、取り組みつ
づけた。加藤氏は「部分的な事柄に対処する小才よりも、われわれ日本人には大き
な動きに対処する大才が必要になってきたのである。だが、世の中は必ずしもそう
いったものの見方、考え方を育成するような方向へは動いていない」「われわれは
柔軟なものの見方、考え方を持ち続けながら、世界の文脈のなかで的確な状況判断
ができる日本人でなくてはならないと思う」とこの本を出版した趣旨を説明してい
る。二元論の乗り越え、直観の世界の回復、世界の文脈の中での状況判断。いずれ
も今日においてますます重要性が増していると思われるテーマだ。