欠点、個性について

若い頃、自己啓発の本で背中に瘤のある王子の話を読んだことがある。王子は瘤で背中が曲がっている現在の自分が将来なりたい姿として、背中に瘤がなく背筋をすっきりと伸ばしている像を作らせた。王子は毎日その像の前に立って、自分は必ずこの像のようになると念じ続け、ついには像のように背中に瘤がない、美しい王子になった、という話だった。この話を突然思い出したのは、今朝朝の読書をしていて、こんな話に出会ったからだ。

それは背瘤のある不具な男の子をわが子の友達として、その家庭に迎え入れたある母親の話だ。母親はわが子の彼の生涯の気になる部分には触れないように命じた。その後の子供たちの会話。

「君は背中に何を背負っているのか」

背瘤の友達は当惑してしばらくためらっていると、その子は言葉をついで

「その箱の中には君の翼がはいっている。神様はやがてそれを切り開いてくださるから君は天の使のように飛びかけるのだ」

さて老年になってからコンプレックスあるいは欠点の内容が変わってきたように感じている。肉体的なことより、人間として未熟なこと、欠点の多いことである。ハリウッドの演劇学校の先生が「欠点は個性になりうる」と言っていたが、自分の欠点、コンプレックスと向き合い、受け入れることは簡単なことではない。自分の背瘤を意識しないというやり方もあるかもしれない。

ただ一つ言えることは上記の2つの話にあるように、欠点は成長の機会になりうる、ということだ。