武蔵野農園で自然について想う

武蔵野農園で稲ワラを田圃で集め、畑に持っていこうとしたら、畦道の水溜りに塩辛トンボが2匹飛んできた。夏は終ったのに、まだ頑張っていたのか。トンボと言えば、最近は赤トンボを見かけなくなっている。今度新しく借りた武蔵野農園は田園地帯にあり、畑の隣り合わせに田圃がある。想像するに恐らく初めのころは一面田圃だったのではないか。それが稲作を止めたところに盛土をして一部が畑に変ったのではないか。現に私達の武蔵野農園も以前は田圃だったと聞いている。田圃が耕作放棄地になり、そこに建設現場の残土が運び込まれて盛土される。そのまま雑草が生い茂る場所になることが多いのかもしれないが、雑草を刈ることを条件に市民に貸出されるケースもある。

場所柄、あたりには高い建物がなく、隣を新河岸川が流れている。台地と川との間にある低地で田畑が広がっている。この低地を横切るようにして武蔵野線の電車が高架の上を頻繁に走っている。

以前の畑は団地と畑の中に突き出す岬のような土地(以前は駐車場だった)に新しく建った分譲住宅10件の間に挟まれていた。わが家から行くには比較的近くて便利だったが、耕耘機の使用(かなりの騒音になる)、肥料の臭いも含め、気を遣いながら農作業をしていた。勿論野焼きもできなかった。(草木灰をとるにはちょうどいいのだが)

武蔵野農園では風景も一変した。田畑を吹き渡ってくる風が本当に気持ちいい。その気持ち良さが自分は自然の中にいるんだ、という意識にいつのまのか誘っていた。農作業の手を休めて一息いれながら高い青空を流れていく白い雲を見た後、その視線を降ろして雑木林、田畑を見渡しているうちに「自然と向き合う」「自然の中で生きる」とはどういうことかという問いが思いがけず自分の中で浮かんできた。夕昏が訪れるとどこからともなく赤トンボが武蔵野農園にもやってきて私達の頭上を、群れをなして飛んでいる。今年も赤トンボを見ることができた。赤トンボを見るとなぜか昔を思いだす。三木露風の童謡「赤トンボ」のイメージのせいかもしれない。