母の言葉

歌を聞いて涙が出て、止まらない。最近そんな経験をしている。杉本まさとの「吾亦紅」。今は亡き母が息子に伝えた形見の言葉「親のことなど 気遣う暇に 後で恥じない 自分を生きろ」。島津亜矢の「帰らんちゃよか」。故郷熊本で暮らしている母親から娘宛の言葉。「心配せんでよか 心配せんでよか 親のために おまえの生き方かえんでよか どうせおれたちゃ 先に逝くとかやけん」

私は父親の創業した会社を継いで、結局発展させることができなくて、自主廃業した。倒産迄行かなくて、ある意味で不幸中の幸いだった。自主廃業が完了したことを母に報告した時、母は言った。「これからは自分が本当にしたいことをしなさい」。中小企業の経営者の長男に生まれた私はいつかは会社を継がなければならない、と思いつつも葛藤があった。「自分は経営者に向いていない」。しかし老いていく父を見ながら、今迄親孝行の一つもしてこなかった自分は一体何なんだという気持も抑えようがなかった。

自主廃業の後、「自分が本当にしたいこと」探しが始まった。しかしそれはなかなか見つからなかった。自分はそうしたことに値する生き方をしてこなかった。自分の中の問題で精一杯の生き方をしていた。そして長い漂流の後にやっと、「本当にしたいこと」に巡りあった。「そう はじめて 自分を生きる」そんな姿を私も吾亦紅の主人公と同じように、母に言うだろう。「あなたに あなたに 見ていてほしい」

「帰らんちゃよか」の母親は「親のために おまえの生き方かえんでよか」と遠く離れた娘を励ます。生き方を変えず貫くためには、娘も母も、そして父親も寂しさに耐えなければならない。寂しさの中で一層娘を思う気持ちは募っていくが、最後に母は言う。「どうせおれたちゃ 先に逝くとかやけん おまえの思うたとおりに生きたらよか」。人は生かされている。自分のために人知れず涙を流してくれる人に支えられて。