花のビジネスモデルと「置かれたところで咲きなさい」

 

今日は華道家でNPO法人大江戸野菜研究会の会員でもあるN氏からお誘いを頂き、新宿高島屋11階で開催されている第52回いけばな協会展に足を運んだ。N氏とは会場の入り口でお会いした。会場の入り口は、午前10時半ということもあってか、多くのご婦人方で混み合っていた。N氏と一緒に早速会場の中に入った。3月初旬という時期、出展されている作品にはボケ、梅、椿、猫柳などが多い。N氏の作品ではボケと白椿が使われていた。作品の中には焦がした木の断片、石などを使ったものもあり、ちょっと現代アート的なものもあった。また花と併せて野菜を活けこんだ作品もあった。会場の作品を一通り鑑賞した後、N氏と高島屋内のカフェ「カーメル」に行き、暫し懇談した。その際、話題になったことが3つあった。1つ目は、花と共にある生活。花は私達の感受性、人間関係にどのように関わってくるのか。日本の四季の変化。茶室に置かれる一輪の花。2つ目は花の描写が美しい乙川優三郎の時代小説。私は時代小説の中で作者がどのように花を描写しているかに関心を持っている。N氏には乙川優三郎の『生きる』を是非読むことをお薦めした。3つ目は置かれたところで咲く花と植物。植物は動物のように環境を変えるために移動できない。置かれたところで生きていかなければならない。人は動物と植物の中間的存在かもしれない。自分の生き方、働く場所を探して彷徨する。そして最後に自分の居場所を見つけて根を下ろす。居場所を見つけて根を下ろし、茎を伸ばし、枝を拡げて、花を咲かせようとする。「念ずれば花開く」だ。花は簡単には開かないが、花がなければ実を結ぶこともない。花は太陽に向かって、またミツバチたちに向かって(授粉のため)開く。ところで、人は何に向かって花開くのだろうか。