荻須高徳氏の「パリ画信」を読みながら思うこと

先日神保町の古本屋でたまたま荻須さんの本を見つけた。「パリ画信」という題の本で表紙は荻須さんのパリの街並みを描いたもので第1回渡欧時のものだ。荻須さんの名前を最初に知ったのは確か佐伯祐三の展覧会であった。佐伯祐三と荻須さんは友人関係にあったようだ。荻須さんは1927年に東京美術学校を卒業してすぐにフランスに渡った。サロン・ドードトンヌに入選し、後に会員に推挙されたが、1940年戦況悪化のため日本に一時帰国を余儀なくされた。そして戦後1948年、日本人画家として戦後初めてフランスに入国を許可される。日本出発から戦後のパリの様子を書いた本がこの「パリ画信」ということになる。出版されたのは1951年、毎日新聞社からだった。私は佐伯祐三の絵も好きだが、高須さんの絵の落ち着いた雰囲気も好きだ。

さて毎晩この本を寝る前に少しずつ読んでいるが、敗戦後間もない時期、英国船ラングレースコットという名前の貨客船でフランスに向った。荻須さんは書いている。

「なにしろ戦争以来、欧米の人との交際は断たれ、まして敗戦の結果は対等のお付き合いもなく、外人に対してひどく気持ちが臆病になっていることを感じないわけにはいかなかった。世界各国から裁きを受けつつある今日の日本の国情であってみれば、いたし方ないと、船に乗り込んでも、私はできるだけおとなしくしていた」

本のところどころに荻須さんの絵が入っている。毎晩この荻須さんの本を読むのをささやかな楽しみにしている。そしてパリ在住の私の友人W画伯のことを思ったりする。彼の絵もどこか荻須さんに絵に通じるものがあり、私は好きなのだ。