言葉の力、詩の力

電車広告で、軽井沢高原教会の詩を読むことを楽しみにしている。読む人に共感と安らぎそして生きる勇気を与えてくれる。この詩が軽井沢高原教会のイメージアップ、集客に大いに役立っていることは間違いないだろう。またJR東日本の保育園事業の広告は物語のような詩で、母親の気持が自然と伝わってくる。私は若い頃詩が好きで、日本の詩人、海外の詩人の作品を数多く読んだ。また自分でも詩を書いた。その時思ったことは、詩というものは全部を理解するのは難しいということだった。現代詩、特に思想詩は難解だった。また自分なりに全部理解したつもりになっていても実際はそうではない、ということもある。感性というものは人によってそれぞれ違った質を持っている。さて今でも時々詩を読むことがある。日本の詩人では、坂村眞民、金井直、茨木のり子、宮沢賢治、村上昭夫、谷川 雁。外国の詩人では・・・最近は全く読んでいない。若い頃はランボー、ボードレール、アポリネール、リルケ、ロルカ、バレリー、ゲーテ、オーデン、ホイットマン、タゴール・・・などそれこそ手当たり次第に読んだ記憶がある。しかし最近は全く読んでいないし、読もうという気にもならない。何故だろうか。詩は若い時代特有の文学なのだろうか。最近人生とは何か教えてくれる詩が人々の関心を集めている。柴田 トヨさんの詩「くじけないで」。相田みつおの詩。最近家内と娘が有楽町の相田みつお記念館に行き、感激して帰ってきた。坂村眞民さんの詩集は私自身折に触れて読んでいる。私自身、時代と向き合い、拮抗するような詩から、人生を新しい光で見る詩に惹かれているのかもしれない。時代と向き合う感性とか情念のあり方は演歌の世界に求めているような気がしないでもない。企業が顧客のために詩を書く、そのような時代になっているのかもしれない。詩は1対1の感情の流れを生み出す。オーガニックソープを販売しているLUSHのネーミングは面白く、また効果を上げているようだ。オーガニックには詩が似合う。私はファッションもある意味詩の世界だと思う。デザイナーは自分のデザインにネーミング、詩、あるいは物語をつけたら、デザイン方針が分かりやすく顧客に伝わるのではないかと思っている。説明ではなく、共感の世界に入るための詩だ。
軽井沢高原教会の詩は、あらゆる分野で、今詩が求められていることを示唆していないだろうか。