諸田玲子さんの文を読んで

諸田玲子さんが日本経済新聞の文化欄に「波止場浪漫」によせて、という文を書いている。日本経済新聞朝刊のつい先ほどまで連載されていた小説についての執筆後の思いを綴っている。小説の舞台は清水次郎長の活躍した清水港だ。諸田さんは文の中で小説のための資料を提供された田口さんのことに触れている。田口さんは連載開始を見ることなく他界された。またお母様が病み衰えて連載終了の三ヶ月前に力尽きて亡くなられた。諸田さんは言う。「人の命とは、なんと壮絶で愛しいものでしょう」そして「早春賦を口ずさみ、浜辺の歌に涙しながら、ようやく最期の一行までこぎつけたのでした」

私も現在ホームページに時代小説「欅風」を連載している。11月の終りには80話で終了するが、この小説を書き始めてから5年以上になるだろうか、私自身の人生にもいろいろなことがあった。その時、その時の思いが小説の中に滲むようにして入りこんでいる。絶望的な気持ちを抱えながら書いていた時がある。また自分自身を深く抉り取られるような傷の痛みを感じながら書いていた時がある。そして現在、この小説を書いてきて良かったと思うのは、私の人生の青空が見えてきた、という実感だ。厚い雲に覆われた空の一部が開け、青空が少しづつ大きくなってきている。あと5話、窓の外の青空を見上げながら、それを励みに最期の一行にまで書いていきたい。