2頭のドラゴン(龍)

以前飯田橋のギンレイ座でフランス映画を観たことがある。ナチスドイツにフランスが占領された時期が舞台だ。ユダヤ人の子供がナチスの手を逃れてあるフランス人の家に匿われる話で、結末は残念ながら覚えていない。ナチスドイツがヨーロッパを席捲した時、フランス人の少なからぬ人々がナチスに協力したと言われている。勿論パルチザンとして抵抗した人々も含めて、ナチスドイツと闘った人々の方が多数だったことだろう。

戦後ドゴール大統領は親ナチス、反ナチスに分裂した国民を統合するため、「フランス国民は全員ナチスに対して勇敢に戦った」というメッセージを全国民に発し、フランスの崩壊を食い止めたと言われている。ドゴールは国民の気持ちをいわば鷲つかみにして「そうだ、そうなんだ」と思い込ませた。魔法をかけたと言ってもいいだろう。それは確かに擬制であった。まことに見事な政治的判断力と言わざるを得ない。

ドゴールは一頭の大きなドラゴンだった。しかし、フランス国民は国民の分裂を心配しなくてもよくなった現代、自分達の心の中の良心というドラゴンが目覚めるのを抑えることができない。その一つの現れがギンレイ座で観たフランス映画だったのではないか。

日本人は戦後新憲法の元に「平和国家」として、二度と侵略をしない国としてスタートした。マッカサーというドラゴンが日本国を180度転換させた。平和の精神とは何だろうか。平和とはどのようにして維持されるものなのか。当時はソ連を中心とした共産圏に対抗する冷戦構造が世界を支配していた。現代は民族自決的傾向に宗教的対立も絡み、世界の様相は流動化し、複雑さを増大させている。地政学的リスクは高まっている。

日本でも政治的でなく、人間としての良心から生まれる平和への願い、行動を起こすドラゴンの登場が求められているのではないか。そのドラゴンは私たちの心の中にいる。