8年間で全世界に拡大した訳は?

 

以下の話は白髪の老人が疲れのため新聞に頭を突っ込んでいる男性に語りかけた、その内容だ。

「私は、ケンタッキー州のコービンという町の近くで、小さなレストランを経営していたんです。お客様の9割までが旅行者でした。ところが11キロ離れたところに新しいハイウェイができましてね。それで商売はすっかりあがったりになり、私は店をたたまねばならなくなったんです。その時私は66歳でした。あてにできる収入といえば、生活保護の給付金しかありませんでした。

 

毎日毎日、妻と二人で、身の不運を話し合ったものですが、その時、妻にこう言ったのを、私は今だに覚えています。『どんな逆境に立たされても、よくよく探してみれば、浮かびあがれるチャンスはなんとか見つかるものだよ』とね。

 

そして生活保護費の105ドルを元手にして、以前お客様から好評をいただいていた料理を、おんぼろ自動車に積んで売って回る商売を始めたのです。」

 

白髪の老人はカーネル・サンダース、新聞に頭を突っ込んでいたのは自己啓発の研修プログラムの開発責任者ボブ・コンクリンだ。

行商のような形で販売されたフライド・チキンが8年後には世界中に広がった。その拡大力の仕組みとエンジンになったものは何だったのだろうか。