新河岸川の土手を歩く

昼食後、天気も回復してきたので万歩計を持って散歩に出かけた。今日の目標個所は柳瀬川の図書館とホームセンターのVIVA。この2ヶ所を回れば目標の8000歩はクリアーする。空気が冷たいので、暖かい恰好で出発。まず柳瀬川の図書館。着いてから早速お目当てのフランクルの『人間とは何か 実存的精神療法』 山田邦男監訳、岡本哲雄・雨宮徹・今井伸和訳、2011年 (「死と愛」増補改訂版)を探すが残念ながら見つからない。

この本については以前NHKのEテレの「こころの時代」で山田氏が東洋的な「自然(じねん)」という言葉を、すべての宗教の共通の根底として指摘していた。その「じねん」をもっと知りたいと思った。大部の本なので全部は読めそうにない。拾い読みになるので図書館にあれば好都合だったのだが・・・。マグダラのマリアの福音書」という私にとっては珍しい本があったので暫く拾い読みする。米国では聖書についてもいろいろな研究がされている。最近は、トマスの福音書、さらにはユダの福音書なども出ている。若松英輔さんの本「魂にふれる」と農薬関係の本、2冊借りて図書館を出る。すぐ傍を新河岸川が流れているので、VIVA迄土手を歩くことにした。散歩の人達が往来している。土手に植わっている桜の木の枝では蕾が膨らんできている。あと2ヶ月もすれば桜の季節だ。川の水が波立っている。川向こうの景色を楽しみながら歩く。そしてVIVAに着く。園芸関係の資材を見て回った。近い内に使う予定のものもある。新しい商品も出てくるので、定期的なチェックをしておきたい。帰宅ルートにパン屋さんがある。寄ってみたら店の前におばあさんが椅子に腰を下ろしてパン屋のおかみさんと話している。会話が少し不自由な感じだ。時間が時間なので、パンの種類は残り少ない。アンパンが一つあった。90円。100円を渡したら20円お釣りがきた。10円じゃないの、と言うと親爺さんが「いいの、いいの」と言う。このパン屋さんでは随分昔から食パンなどを買っているが、つり銭を渡してくれた親爺さんの指が震えている。毎朝早起きして何十年とパンを焼いてきた親爺さんも随分齢をとったな。いやこっちも齢をとった。お店をやれるのはいつまでかな。家の近くまで来たところでシャトレーゼに寄って和菓子を買う。帰宅してから家内とお茶をしよう。帰宅する前に万歩計を見たら8017歩。ギリギリクリアー。OKだ。

 

屋上菜園ガーデンのマネジメント

 

企業関係の屋上菜園の場合は、利用者と企業と双方に対してきちんと対応することが求められる。まず最初に来るのが、コミュニケーションのとり方だ。具体的には企業の窓口に対する報告。利用者の様子、菜園の様子が正確に分る報告が求められる。報告書の構成をどのようにするか、話合って決める必要がある。企業にとっては屋上菜園の目的の実現という経営上の課題もあるので、それに沿った栽培指導、栽培活動が期待されている。また屋上菜園利用者に対しては分かり易い指導方法が求められる。栽培経験のあるなしも参考にしながら、個別対応となる。相談に乗ったり、教えるというのはある意味で一番難しい。その結果のフォローも欠かせない。資材の購入も定期的に発生する。栽培指導日に雨が降ったり、強風・台風が襲うこともあるだろう。

企業が屋上菜園の業務を専門会社・団体に業務を委託する前提は、まず何よりも安心して任せられるマネジメント力を専門会社・団体が持っている、ということではないだろうか。

そのマネジメント力を磨くこと、独自のシステムをつくること、それが今年の一般社団法人JVECの年間目標となる。

 

障害者の雇用

2日前の日本経済新聞の夕刊のコラム「明日への話題」で前厚労事務次官の村木 厚子さんが「強さと弱さ」という題で障害者雇用について一文を寄せている。村木さんは「自分の得意を見つけて活かす」「障害があると『できないこと』に目が行きがちだが、『強み』を見つける方が大事だ」と言っておられる。この考え方は障害者だけではなく、障害を持っていない私達にとっても大事だ。さてここで重要なことは「見つける」ということではないかと思う。障害を持っていない人は、あるいは自分で強みを見つけることができるかもしれない。しかし障害を持っている人に対しては本人に代わって強みを見つける、活躍できる場を見つけてあげることが特に大事ではないか。それを心がけることが、私たち障害を持っていない者の役割のように思えてならない。さまざまな工夫が期待されている。村木さんは沖縄の焼肉屋を出色のケースとして紹介している。私も思わず唸った。すごい!

私は仕事で屋上菜園関係の仕事をしている。障害を持った人達、引きこもりのニートの人達に屋上菜園で活躍してほしいと思っている。今年はそのための場づくりを企業と話合いながら、進めていきたい。

 

私にとっての「代表的日本人」 5人

NHK Eテレの100分de 名著の1月は、内村鑑三の「代表的日本人」だった。この本では内村が選んだ5人の代表的日本人、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮について批評家の若松英輔氏が解説をしていた。途中から気がついて見たので、実際にテレビで見たのは二宮尊徳の時と今日27日の最後の内村についてだった。

番組全部を見ておけば良かった、それができなくて残念と思わせる内容だった。解説の若松氏の真摯さは心に響くものがあった。

さて若松氏は私たちに自分の「代表的日本人」を書くように勧めている。それは同時に自分を深く知ることにもなる、と。

その言葉に私自身感じたことがあった。昨年、私は5年がかりで時代小説「江戸詰め侍青物栽培帖(欅風)」を書き上げた。最初は自分史的なものかもしれないと思っていたが、もう一つ、実は私が考えている代表的日本人について書いていたのだと気付かされた。小藩ながら桃源郷づくりを進める藩主氏安、氏安を支えた捨聖の叡基、新しい事業の仕組みづくりと複式簿記の導入を実現した文四郎、呉服屋の店主になった侍の新之助、身体が不自由になった人々のために義手、義足をつくる農民郷助、うつ病を克服していく侍の才蔵、そして隠れキリシタンで孤児院を運営する離縁を経験した波江。

最初は自分が人物設定をした架空の存在だったが、書いていくうちに「登場人物本人が納得できるような書き方をしなければいけない」という緊張感が出てきた。その意味では登場人物と対話をしながら書いた、あるいは書かせてもらった、という感じだ。

さて今度は若松氏の勧めに従って実際に存在した人を取り上げて「私の代表的日本人」を書いてみたい。いずれも私の周りの人々だ。私と私の人生を深く知るためなので、恐らく発表することはないだろう。

 

私にとっての「代表的歌謡曲・10曲

最近寝る前にYOUTUBEで歌を聞くことが多い。折に触れていろいろな歌を聞いてきた。最近は行かないが以前は仲間とカラオケで唄ったこともあった。

繰り返し聞く歌謡曲がある。それでこの際、自分なりに「私にとって大切な10曲」を選んでみてはどうかと思った。その結果が以下の10曲だ。

1.帰り船  唄 田端義夫 (引揚船。映画「ダモイ」。戦後の日本はここから始まった)

2.長崎の鐘 唄 藤山一郎 (長崎に落ちた原爆。浦上天守堂でその時の写真を見た)

3.喜びも悲しみも幾年月 唄 若山 彰 (灯台守の歌。息子を失った夫婦)

4.ああ 上野駅 唄 井沢 八郎 (集団就職。上野駅の碑の前に立って当時を想う)

5.赤と黒のブルース 唄 鶴田 浩二 (自分もそんな最低の男だと思っていた)

6.恋ごころ 唄 岸 洋子 (学生時代、渋谷のシャンソン喫茶に入り浸っていた)

7.霧の摩周湖 唄 布施 明(三陸沖の霧が風に吹かれて摩周湖へ。御霊も摩周湖へ)

8.新宿・みなと町 唄 森 進一 (生きていくことは上手くなくても生きていかねば)

9.すずめの涙 唄 桂銀淑 (私の人生の青空、小さな私だけ飛べる青空)

10.鮨屋で  唄 あさみちゆき (私はあなたたちの娘です。あなたたち!)

1~9までは昭和の歌謡曲。ちあきの「昭和えれじい」の歌詞にあるように「昭和川」を流れていった歌だ。川の流れる音を耳底で聞きながら、一曲一曲聞いている。

 

人生は受け継ぎ、受け渡すこと

若い頃は自己実現的なことを考えていた。仕事で成功したい、出世したい、有名な人物になりたい、と。自分に対する期待と同時にどこかで能力の不足も感じていたのだろう。それで当時は自己啓発の本を手当たり次第に読んだ。この種の本は読むだけでは意味がないので、実行して「身につける」ことが大事なのだが、なかなかそれができず、自分にもできそうな自己啓発の本を探し続ける、という状態だったかもしれない。「人間力」の重要性にも気がついたので、そちらの関係の本も読んだ。しかし、今振り返ってみるとどれだけ役にたったのかはっきりしない。そして最近思うのは「人生のことは人生経験を通じて学び、習得するしかない」ということと、私の人生は誰かの思い、事業を受け継ぎ、自分なりに「何かを加えて」、次の時代の人にバトンタッチするためにある、ということだ。鈍く、愚かな私はやっとこの齢になってそれが分かりかけてきた。もっと早くそのことが分っていれば、こんなに曲がりくねった道を歩かなくて済んだかもしれないが、これも私という人間の運命なのだろう。それでもまだ時間は残されているようだ。

人生は受け継ぎ、受け渡すこと。だからこれからの日々を大切にしていきたい。

 

ロングテールビジネス再考と適用

ロングテールビジネスのコンセプトはクリス・アンダーソンによって提示された。簡単に言えば「沢山売れる少数のヒット商品を販売するビジネスから少ししか売れないニッチ商品を沢山販売するビジネスへのシフト」だ。クリスはメディア産業においてこのシフトが可能になる要件を3つにまとめている。

1.制作ツールの大衆化(技術コストの低下)

2.流通の大衆化(デジタルコンテンツの流通がコモディティ化)

3.検索コストの低下(興味を示す潜在顧客の発見)

以上から分るようにロングテールビジネスはインターネットの普及によって可能になった。

クリスはこのロングテールビジネスはメディア産業以外にも適用できると考えている。

当社は中小の事務所ビル、マンション、戸建ての屋上、あるいはテラス向けに屋上菜園ガーデンの需要開拓を行なっている。モットーは「小さな施工も喜んで!」だが、この屋上菜園ガーデンを全国に普及するためには3つのことが必要と考えている。

1.屋上菜園ガーデンを作るそれぞれの部材のモジュール化、パターン化

2.1を前提条件にして施工形態を2つに分ける。

・今迄と同じように当社で施工する

・当社のアドバイスを元にDIYで利用者が自分で施工する

どちらにしても技術資料の整備とテンプレート化が必要となる

3.屋上菜園ガーデンのメンテナンスアドバイス(野菜、果樹の場合は栽培指導)

 

1~3迄インターネットを活用すれば出来る時代になった。今年は屋上菜園ガーデンのロングテールビジネスに取り組んでいく。

JVECの設立の集い(案内)

一般社団法人ジャパンベジタブルコミュニティの活動がいよいよ2月から始まります。それを記念する「設立記念の集い」が2月27日(土)午後6時30分からJR神田駅近くの㈱ハゴロモで開催されますので、関心のある方は是非ご参加ください。

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一般社団法人ジャパンベジタブルコミュニティ(JVEC)

        設立記念の集い(ご案内)

今年は春を思わせる暖冬の後、台風並みの低気圧の影響で各地に大雪が降りました。異常気象が異常でない時代に入ったようです。

さてこの度多くの仲間と一緒に、一般社団法人ジャパンベジタブルコミュ二ティ(JVEC)を設立致しました。

JVECの理念は、都市住民がベランダ、屋上あるいは市民農園で有機野菜を育てるための活動をサポートし、都市部のコミュニティづくりを推進することです。また都市の中にオアシスのような有機栽培の菜園ガーデンを普及することによって、自然を回復し、さらには生物多様性を実現することを理念としています。

農とコミュニティと自然に関わる活動は、都市にあたたかさと穏やかさそして季節感をもたらします。

JVECの具体的活動は今年の春から始まります。活動を前に進め、拡げるために、もっと多く仲間の参画を呼びかけたいと思います。JVECの活動を是非知ってください。そのための集いです。お忙しいことと存じますがご参加頂ければ誠に幸いです。

代表理事 阿部 義通

(会場案内)

㈱ハゴロモ

住所:千代田区内神田1-10-8

TEL:6672-5615

道順:JR神田駅西口改札から神田西口通りを

直進。外堀通りを渡って左側。徒歩約7分

               

                (開催要領)

開催日時 :2016年2月27日(土)午後6時30分~8時30分

 第一部  設立の集い 6時30分~7時30分  ㈱ハゴロモ5階会議室

・代表理事 挨拶

・理事、運営委員、部会紹介

・活動予定説明(質疑応答)

・参加者同士の交流会  *7時30分に集いは終了

懇親会に移動(ハゴロモビル地下1階)

 

第二部  懇親会  7時30分~8時30分  地下1階「どったんば」

懇親会 会費 2000円(飲み物 最初の一杯)   (以上)

 

地域社会運動家としての中小企業家

20日(水)中小企業同友会の1月例会に参加して、講師の話から貴重な示唆を受けた。

講師のY氏は、中小企業家は「社会運動家」でもあると訴えていた。中小企業の多くは地域に根差した事業活動を行なっている。地域の経済活動と雇用の担い手でもある。Y氏は地域の一つ一つが元気にならなければ日本は元気にならないと。そのためにも中小企業の地域における役割は大きいと私達に奮起を促していた。以前から思っていたことだが、企業を規模で分類するのではなく、役割で分類すると、中小企業は2つに分けられるかもしれない。一つは地域企業、もう一つはベンチャー企業。そして大企業は全国展開企業、というように。規模で分類するとそれがモノサシになってしまうが、役割であれば、役割を十分果たしているかどうかが、モノサシになる。大企業は全国展開企業なので、それぞれの地域の地域企業の支えが必要になることだろう。

ベンチャー企業はイノベーションを役割とする。縦ではなくて水平に企業を位置づけてみる。その発想の転換で新しく見えてくるものがあると思う。地域を元気にする事業活動が地域企業には求められている。

 

弱さについて

弱さについて考えてみたい。個人の場合、弱さは肉体的な面と性格的・精神的な面で認められるだろう。企業の場合は弱さとは業種、規模によってそれぞれ違ってくるだろうが、弱さを持っていない企業はないのではないか。更に大きく言えばそれぞれの国家でも弱さを抱えている。さてここで考えたいことは、弱さと向き合うことの大切さとその弱さに対する対応のありかただ。まず個人の場合。私も人並みに人生を長くやってきたが、弱さを克服することは難しかった。特に性格的・精神的な面では自分なりに努力したが、克服できたとはとても言えない。若い頃、中高年の頃は自分が嫌いだったこともあり、自己啓発によって変えようとしたが、なかなか変らなかった。結果的に自分の性格・精神的な面に対する自己嫌悪感が一層強くなる始末だった。そして老年期になってからはやっと諦めの境地になって受け入れざるを得なくなった。変えることを諦めてからは不思議に気持ちが落ち着いた。自分なりに少し進歩したかと思えるのは、自分の性格・精神的な面はそのままにして、その反応をある程度コントロールできるようになったことだ。人生の訓練の結果なのかもしれない。

一方企業の場合は、複数の立場が異なる人間がいるので、それぞれの立場によって「弱さ」の見え方も内容も異なってくるのではないだろうか。企業の場合、強み、弱みを分析する「SWOT分析」という経営手法がある。SWOT分析では弱みを機会と関係づけることによって成長機会とすることができる。

さてここから先は私の直感で言うのだが、ビジネスモデルの多くは弱さ、危機の中から生まれたものが多い。弱さと向き合い、弱さの徹底的自覚から新しいビジネスモデルが生まれてくるように思う。大事なことは目を背けずに弱さを見つめ、その上で弱さを強さに変えるキッカケを掴むことだ。これは自戒の言葉でもある。